その夜遅く、ビアンカは寮に帰宅した。皆は、起きて待っていてくれた。

「おおお、ドレス姿、可愛いじゃん!」
「どうだった、殿下への指南は?」
「ボネッリ邸の晩餐て、美味かったのか?」
「酒はどうだった? 酒」

 口々に質問を投げかける騎士たちに、エルマは拳骨を落とした。

「くだらないことまで聞いてんじゃないよ。まず聞くべきことは、ステファノ王子殿下への指南が上手くいったか、ということだろう」

 全員が、ビアンカに注目する。ビアンカは、慎重に言葉を選んだ。

「皆さんのご協力のおかげで、上手くいきました。チロさんの絵には、殿下や他の方も感心なさいましたし、殿下は食事のメニューに大変関心を持ってくださいました」

 ドナーティの件は、伏せることにした。アントニオに、妙なプレッシャーをかけたくない。彼には、純粋に試合を楽しんで欲しかったのだ。それに結果には、もはやそれほどの拘りはなかった。何しろ、ステファノに料理を食べてもらえるという名誉にあずかったのだから。

(そうだ、この話はしておかないと)

 寮を空ける以上、これは報告せねばならない。一週間、ステファノに料理を作りに行くと告げると、皆はたいそう興奮した。

「エルマさん、すみません。こちらの食事の支度には、支障を来さないようにしますから」
「気を遣わなくていいよ! 弟子が、王子殿下の食事の係をさせていただくなんて、こんな名誉なことはあるかい」

 エルマは感激のあまり、目頭を拭う始末だった。年寄りが興奮しすぎるなよ、とジョットが茶々を入れる。

「ビアンカちゃん、これを機に、王宮の料理番にスカウトされたりしてな!」
「まさか。そんなこと、あるはずありません」

 献立の取り入れですら、ドナーティの猛反対にあったのだ。第一、ビアンカごときの腕で、そんな抜擢をされるはずはない。優秀な王宮料理番の食事を日々口にしているステファノに、がっかりされないような料理を作らねば、と緊張しているくらいだ。

「すみません。今日は疲れたので、もう休ませてもらいます。エルマさん、ドレスは手入れして後日お返ししますから」

 ビアンカは、席を立った。エルマが、機嫌良く答える。

「急がないよ。あたしが着るようなことはないんだから」

 皆に挨拶して自室へ引っ込もうとしたビアンカだったが、アントニオが呼び止めてきた。

「疲れているところを悪いが、少しいいか」

 彼は、妙に真剣な表情だった。