晩餐が終わると、ビアンカは一人バルコニーに出た。ステファノとの面会まで、まだ時間がある。それまでに、気持ちを落ち着けたかったのだ。

(先ほど殿下は、私を庇ってくださった。恩返しするためにも、頑張らなきゃあ……)

 今一度見返そうと、持参した資料を取り出しかけた、その時。背後で、声がした。

「ビアンカ」

 ビアンカは、ぎょっとした。忘れようにも忘れられない声だったのだ。それは、一年半の間、夫だった男のものだった。

 恐る恐る、振り返る。間違いであって欲しいと願ったが、やはりそこに立っていたのはテオだった。

「ビアンカ」

 再びビアンカの名を呼びながら、テオはずいずい近付いて来る。ビアンカは、反射的に後ずさっていた。

「な……、何ですか」

 同時に、疑問が襲う。この新しい人生では、ビアンカとテオは初対面だ。なのに、この馴れ馴れしい口調は何なのだろう。

「何はこっちの台詞だ。なぜ社交界デビューしない! 僕は今シーズン、君のデビューを待っていたんだぞ」

 どういう意味だ。ぽかんと口を開けていると、テオは首をかしげた。

「来年デビューするつもりか? 料理番などして金を稼いでいるのは、その資金確保のためか?」

 まさか、とビアンカは思った。

「テオ様……。私をご存じなのですか。もしかしてあなたも、時が戻った、とか……?」
「そうだ」

 テオは頷いた。

「気が付いたら、僕は二年前に戻っていたんだ。恐らく君もそうではないかと思った」

 愕然とした。そんなことがあるのか。同時に、やはり元夫は浅はかだと思う。ビアンカが逆行転生していなかったら、どうするつもりだったのか。今の彼の言動は、完全に気が触れた人間のそれだ。