だがその瞬間、ビアンカは逞しい腕に抱き留められていた。恐る恐る見上げれば、愛して止まない漆黒の瞳が、ビアンカを見つめていた。

「やっと手に入れたのだ。逃してたまるか」
「ステファノ様……」

 安堵と喜びで、涙がにじみそうになる。だがその時、ビアンカは妙な感覚を覚えた。生温かい液体が、下半身を濡らしていくのだ。まさか、とビアンカは思った。

(破水……!?)

「いかがした?」

 ステファノが、顔をのぞき込む。ビアンカは、必死に訴えた。

「産まれます……!!」

 ステファノは、血相を変えると、群衆に向かって叫んだ。

「この中に、産婆はおらぬかー!」


 

 それから、二十四時間後。響き渡る力強い泣き声に、ビアンカはほっと胸を撫で下ろしていた。駆り出された初老の産婆も、同様である。

「王族の方のお子様を取り上げさせていただいたのは初めてですが、聖堂内での出産も、初めてですよ。どうしようかと思いましたがね」

 汗を拭いながら、産婆は微笑んだ。

「元気な王女様でいらっしゃいますよ。お抱きになりますか?」
「ええ」

 恐る恐る、抱かせてもらう。意志の強そうな黒い瞳が、ステファノそっくりだった。思わず、顔がほころぶ。

 そこへ、待ちかねたのか、ステファノが聖堂内に駆け込んで来た。父母と、ゴドフレード・イレーネ夫妻も続く。

「無事産まれたか!」
「ええ。女の子でしたわ」

 胸に抱いた赤ん坊を見せれば、ステファノは顔をくしゃくしゃにした。

「何と、可愛らしい。天使のようだ」
「……そうですわ、ステファノ様。私、この子の名前を考えましたの」

 それは、突如ひらめいた名前だった。

「『レナータ』はどうかしら?」

「いい名だな」
「可愛いわ」

 事情を知らない他の人々は、単純に頷いているが、ステファノはハッとした顔をした。

「『転生』か」

 ええ、とビアンカは頷いた。

「理由は、二つございます……。一つは、私がこうして人生をやり直すという不思議な体験をしたからこそ、この子を授かれたから。そしてもう一つは、もしこの子が私と同じ体験をするようなことがあったとしても、自分の意志で力強く生きていってほしいという意味を込めました」

「できるであろう。ビアンカの子なのだ」

 ステファノが、そっと抱き寄せてくる。聖堂の窓からは、まばゆい陽光が差し込んでいた。それはまるで、数奇な運命を経て結ばれた男女と、誕生した新しい生命を祝福しているようだった。




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