「包丁を握る日が来るなんて、昔は想像もできなかったけれど。でも、我が子に自分が作ったものを食べさせるって、何だかいいわね」

 粥にするためのパンを慎重に切りながら、イレーネがしみじみと言う。

「今度は、ゴドフレード様にも何か作って差し上げようかと思うの」
「それは、良いお考えですわね! 是非、お教えしますわ」

 うんうんと、ビアンカは頷いた。

「ボネッリ領からお魚が届くようになって、レシピの幅も広がりましたしね」

 街道が整備されたおかげで、王都でも新鮮な魚が食べられるようになったのである。

「楽しみだわ……。そうそう」

 イレーネは、悪戯っぽい微笑を浮かべてビアンカを見た。

「もしよければ、なのだけれど。私以外の人にも、お料理を教える気はない? いえ、実はね。私がこうしてお料理を始めてから、真似たいという女性が増えているそうなの。せっかくこんな綺麗な厨房を作ってもらえたことですし、ここでお料理教室を始めるのはどうかしら?」

「まあっ、本当ですか?」

 ビアンカは、顔を輝かせた。

「是非、やってみたいですわ。料理の楽しさを、多くの方に知ってほしいです」
「無理はしないでね。無事お子が産まれて、お妃としての仕事に慣れてからでいいわ」

 イレーネはそう言うが、ビアンカは心はやるのを抑えられなかった。もちろん、妃としての務めが第一なのはわかっている。だが、それ以上の貢献を何らかの形でしたいと、常々思っていたのだ。イレーネが、しみじみと呟く。

「ビアンカさんは、本当にしっかりした女性よね……」

 そして彼女は、不意にビアンカを見た。

「私ね、ゴドフレード様とお話ししていたの。二人目は、王女がいいな、と。そして、もし授かったら、名前はビアンカにしようということで、意見が一致したわ」

 ビアンカは、目を見張った。

「そんな! 恐れ多いですわ……」
「いいえ。私たちは、娘にあなたのような女性になってほしいのよ。自立して、情熱にあふれた女性にね」

 イレーネは、ビアンカの目を真剣に見つめて、そう語ったのだった。