「それで、色々と歴史が変化したのね……」

 ビアンカは、呆然と呟いていた。以前はずっとコンスタンティーノ三世の寵を得ていたカルロッタが、情報流出などやらかして追放されたのは、テオが唆したからだ。そしてコンスタンティーノ三世が亡くなったのは、カルロッタがいなくなり迎えた新しい愛人に、興奮しすぎたせいである。

「いいじゃないか。カルロッタ夫人がいなくなり、ゴドフレード陛下が即位されたことで、国民は皆喜んでいる」

 そう言われると、反論しづらいものがある。黙り込んだビアンカを見て、テオはますます得意そうな表情になった。

「僕は、歴史を変えた男だな」
「お黙り!」

 カッとなったビアンカは、思わずテオの頬を張り飛ばしていた。テオが、血相を変える。

「何するんだ!」

「国民が喜んでいるというのは、結果論だわ。あなたは私利私欲のために、めちゃくちゃなことをやらかした。一歩間違ったら、機密情報を握ったロジニアに、我が国は攻め込まれていたかもしれないのよ!?」

「君が、おとなしく僕の言うなりにならないからだろうが!」

 開き直ったように、テオがわめく。

「最初は、あの裸体画の男とデキているのかと思った。調べたところ、騎士団寮の寮生だというから、あの寮から引き離そうと目論んだ。それなのに、君は殿下の専属料理番の話を断るし……。カルロッタ夫人から救ってやろうという申し出も、断りやがって……」

 専属料理番の話が持ち上がった際、テオが協力的だったと父から聞いたのを、思い出した。そんな魂胆だったとは。聞けば聞くほど、ビアンカはムカムカしてきた。

(全てにおいて、ご自分のことしか考えていない。クズ中の、クズだわ!)

 もう一発ぶん殴ってやろうと、手を振り上げる。目の前の噴水に、叩き込んでやろうと思ったのだ。だがその手首は、テオにつかまれた。

「二度も突き落とされるのは、洒落にならん」

 言うが早いか、テオはビアンカを力任せに引っ張り寄せると、無理やり抱き込んだ。抵抗しようとしたが、思い通りにならなかった。いくら女性にしては筋肉を付けたとはいえ、やはり男性の力には敵わない。暴れた拍子に、懐にしまっていた呼び出しの手紙が、バサリと落ちた。

「もうお妃気分でいるのだろうが……」

 テオが、小気味よさげに笑う。その眼差しには、どこか淫猥な光が宿っていた。

「これを聞けば、ステファノ殿下もお気持ちが変わられるだろうよ。忘れたか? 僕が、君の体の隅々まで知り尽くしているってことを……」

 テオは、ビアンカの使用人服の上から、乱暴に乳房をつかんだ。

「君は、左の乳首の方が大きいのだったな。そして、右太腿の内側には、黒子がある。これを逐一お伝えしたら、殿下はどう思われるだろうね?」

 ビアンカは、血の気が引いていくのを感じた。それは、元夫婦だからこそ知り得る、ビアンカの肉体的特徴だった。だが、そんな話が通用するわけがない。今の話を聞けば、誰もが、テオとビアンカが姦通したと思うだろう。

「さあ、いい加減諦めて、僕のものに……」

 テオの唇が迫って来る。ビアンカは、心の中で絶叫していた。

(助けて……!)