大まかな方針を決めると、ビアンカは王立騎士団の建物を出た。頭では、ニコラのことを懐かしく思い出していた。

(どうしているかしら……)

 明るく気さくな中年男だった。主人・テオの横暴にも文句ひとつ言わず、黙って仕えてくれていた。それは、執事や他の使用人たちも同様だ。

 会いたいな、とふと思う。そして、礼を言いたい。だがそれは、できないことだった。この人生で、ビアンカとニコラたちは初対面だ。第一、テオと接触したくはない。

 あれこれ考えていたその時、背後で女性の声がした。

「あら、ルチアさん!」

(ルチア……?)

 妹と同じ名前に反応したビアンカは、思わず振り返っていた。そこには、見知らぬ中年女性が立っていた。動揺した様子で、ビアンカを見つめている。

「あら、失礼しました……。知り合いのお嬢さんと、そっくりでいらしたものだから。よく似てらっしゃるわ」

「ルチアと、お知り合いなのですか? 彼女は、私の妹ですが」

 この女性とルチアにどんな接点があるのだろう、とビアンカは不思議に思った。そして女性には、何だか見覚えがある気がする。

「ルチアさんの、お姉様? ではあなたが、ビアンカさんですか?」

 女性が、目を見張る。美しいアメジスト色の瞳だった。年老いており、服装も質素だが、顔立ちは整っている。若い頃は、さぞや美しかったのだろうと想像された。

「ええ、私はビアンカですが。失礼ですが、妹とは……」

 どんな知り合いなのか、とビアンカは続けることができなかった。女性が、ビアンカの手を取ったからだ。

「ボネッリ領の騎士団寮で、お料理番をなさってらっしゃるのよね? 息子が、世話になりましたわ」
「息子!?」

 もしや、と思った。女性が微笑む。

「初めまして。私、クラリッサ・ディ・パッソーニと申します。アントニオの母ですわ」