これでもかと焚かれた香、肌に塗られて香油、顔に叩かれた白粉、強い酒の匂い、混じり合った匂いが室内に充満している。

 頭痛がする……鼻が曲りそうだ。

 鼻を塞ぎたくなる悪臭に鳳は顔を顰める。

「昼間はお会い出来なくて残念でしたわ」
「申し訳ありません、所用で出ておりまして」

「ふふ、構わなくてよ。こうして会いに来て下さったのだから……そう言えば、貴方が可愛らしい女童を連れていると小耳に挟んだのだけれど……まさか、貴方の子ではないわよね?」

「世話になっている商売仲間の子です。商いでしばらく家を空けるので預かって欲しいと頼まれたのですよ」
「まぁ、そう……。お優しい方」

 そう言って女は隣に座る鳳との距離を詰めて身体を寄せて来る。

「凜抄様、お父上に叱られます」
「大丈夫よ、父は貴方をとても気に入っているもの」

 候凜抄はこの地域の地主の娘だ。

 候家は兼業で商いをしており、主に水を取り扱っている。
 海が近い為に飲み水が手に入りにくい。

 近くには海に注ぐ川もあるが海水が混ざり飲み水には向かない。
 井戸の数も少なく、あっても海水の浸食を受けている所の方が多い。 

 人が生きる為に水は欠かすことのできないものだ。

 飲み水や料理に使うのは勿論、風呂や洗濯、掃除、生活する為には大量の水がなければならない。

 候家は幾つかの井戸の所有権を持ち、税金を納める事で井戸を開放している。
 しかし、それだけでは到底足りるはずもなく、金を積んで綺麗な水を買う者も多い。

 ようにこの町は水不足なのだ。
 鳳も金を積んで水を買っている者の一人だ。
 前の地主は争い事を好まない穏やかな人柄で良心的な値段で水を売り、市民からとても好かれていた。

 しかし、前の地主が失脚して候家が地主になってからというもの、税金が上がり、水の値段も高騰した。

 この町は比較的に潤っている。

 大きな港町で商船や買い物客で賑わい、みんなが商売で利益を出すことに貪欲だ。
 今は素直に水の税を納めているがこれから先は分からない。

「今日は泊まって下さるのでしょう?」

 甘ったるい声で誘うように凜抄は身体を密着させて言う。

 肉感のある豊満な胸をさりげなく押し付けてくる。
 自分も健全な男だ。女に求められれば差障りない程度には応える。

 しかしこの女はどうも食指が湧かない。

「明日は朝早くから出掛ける用事がありますので早めに失礼させて頂きますよ」
「まぁ、何の御用が? 私と過ごすよりも大事な用なのかしら?」

 鳳の首に白い腕が回される。

 妖艶な笑みを浮かべて身体の触れ合う面積を増やす。

「そう言えば、お父様が水の値段を上げるとおっしゃっているのだけれど……」

 またか、と顔には出さずに心の中で毒づく。

「貴方の近隣の者達には元の値段のままで売るように頼んであげようかと思っているのだけど……」

 近所の人達には世話になっている。

 鳳達がこの地を訪れて商売を始めるまで面倒を見てくれたのは気の良い近所の商人達やその家族だ。

 近隣の住民の話を持ち出されると鳳にはかなりの痛手になる。

「それなら私も安心です」

 望んでいる所に唇を寄せると更に深まりを求めてくる。

 また、応えなければならないのか……。

 毎回の事ながら鳳は辟易する。

「今夜こそ、貴方のものになりたいわ」

 恍惚とした表情をする凜抄に鳳は曖昧な笑みを返した。