バチバチと火花の散る音が激しさを増していく。
 天井が吹き抜けてしまっているため、黒煙がもくもくと昇って行く。

「蒼子さん、大丈夫ですか?」

 蒼子は頷くと、柊が衣服ごと蒼子を抱き上げた。
 椋が一人で鳳珠を支えているが、再び意識を失った鳳珠を支える姿は危うげである。

「柊さん、私のことは良いから、彼を支えて先に行って」

 自分を置いて先に逃げろという蒼子に柊は苦い顔をする。

「私が戻らなければ紅玉が来る。それまで持ちこたえれば良いだけだから」
「……出来ません。そんなことをしたらそこで意識を失ている主に怒られます」
「そんな小言、右から左に流せばいい」
「実は……私達は貴女を助けたいと思ったのと同時に貴女を見捨てようとしました」

 突然、柊から懺悔の言葉を聞かされる。
 側にいる椋の表情も罪悪感が窺える。

「鳳様が貴女を取り返すために、凜抄から毒入りの酒を呑み、苦しむ姿を外から見ていました。貴女を助けるために主が身体を張ったのであれば私達は何としても貴女を助けなければならなかった。それが主の命令です。しかし、私達はそれに反して主を助けて貴女を諦めようとしました」

 柊は蒼子を高く抱き上げて視線を合わせる。

「貴女様の命を軽んじた私達をお許し下さい。主の命を救って下さった方にこれ以上無礼は働けません」

 そう言って柊は双眸を伏せ、蒼子に謝罪をする。

「主の命を守るのは従者にとっては当然のこと」

 蒼子は小さな手で俯く柊の顔を上げる。

「貴方達は己の使命に従ったまで。何を詫びる必要があるの? その忠誠心に誇りを持ちなさい」

 柊は真っ直ぐに自分を見つめる蒼子の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。
 身体の中心にある芯を抜かれるような、あるいは魂を吸いと取られるような甘美な感覚だ。

 思わず惚けているとバラバラと近場の柱が崩れ落ちる。

 熱風が巻き起こり、焼けるような熱さから蒼子を守るために抱き込む。

「椋! 大丈夫ですか⁉」
「何とか!」

 鳳珠を支える椋と蒼子を抱える柊の間に柱が落ちる。
 柱から放たれる炎が壁となり、二組を分かつ。

 ばぎばぎっと先程よりも大きく木材が軋む音がする。
 それもかなり近い場所で起きている。

「おい! 逃げろ! 柊!」

 緊迫感を持った椋の声に振り返ると、背にしていた柱が崩れてくる。
 太い柱は重厚感と炎を纏って蒼子と柊の眼前に迫っていた。

 その時、じゅわっと火に水を浴びせかけたような音が上がる。

 水蒸気が上がり、辺りが一瞬白んだ。

「姉様! 柊殿! 早くこちらに!」

 その声は紅玉のものだ。

 蒼子を抱き込む柊と柱の間に水の盾がある。
 紅玉の術で焼き潰されずに済んだことに安堵した。

「二人共大丈夫ですか⁉ 怪我は?」
「平気です。お陰で助かりました」

 子供の姿に戻った蒼子を紅玉が抱き直す。

「やっぱり、戻ってましたね」
 子供の姿に逆戻りした蒼子を見て、やれやれと首を振る。

「仕方ない。万全じゃなかった上に、風の神力使いがいた」
「風の?」
「もういない」

 辺りをキョロキョロと見渡す紅玉に蒼子は言う。

「それよりも、消火をして」
「それなら大丈夫ですよ」

 神力での消化を急かす蒼子に紅玉は言う。

 その理由はすぐに分かった。

 ぽつりぽつりと頬にぶつかる小さな雫がある。
 次第に強くなる雫の勢いに蒼子達は心の底から安堵した。

「終わったな」

 暗い空から降り注ぐ雨の音に蒼子の声は解けた。



 


 その頃、外では念願の雨に皆が歓喜していた。

「雨だ」

 ポツポツと空から落ちてくる冷たい雫を両手で受け止めてながら天功は感嘆の声を漏らす。

 長い間、待ちわびた雨に詠貴と天功だけでなく、皆が夜の空を見上げて、恵みの雨をその身に受けている。

 邸を飲み込んでいた炎の勢いも弱まり、焼け焦げた匂いも風に攫われていく。

「お父様」

 詠貴は東の空を指さす。

「あぁ」

 天功は東の空を見て目を細める。

 鉛色の雲の向こうは澄んでいた。
薄らと明るくなった空を見上げて李家の暗い夜は明けた。