「お身体は辛くありませんか?」

 着替えを手伝いながら柘榴は訊ねた。

「まだ少し眠いわ。夢に介入されたせいでしょうね」

 蒼子は柘榴に新しい寝間着を用意してもらいそれに着替えた。
 もう長い事眠っていた気がしたが、まだ日が沈んだばかりらしい。

「夕餉はお断りしてくれる? もう少し寝たい」

 蒼子は目を擦り、柘榴に寄り掛かる。

「承知しました」
「水神が出たわ。夢の中で泣いていたの」

 蒼子を優しく横たえながら柘榴は頷く。

「水神ですか。何故泣いていたのですか?」

 蒼子は首をふりはっきりとは分からない、と答える。

「泣いていたのよね……寂しそうだったわ。小さい子供の姿だった」
「子供の姿ですか?」
「そうよ……ふあ~ きっと忘れられそうなのよ、存在を……。信仰をなくした神は力を失い、認識されにくくなる……ふあぁ」

 蒼子は次第に重くなる瞼に力を込めるが襲ってくる睡魔には勝てそうもないことを悟る。

「明日にでもこれからのことをお話しましょう」
「うん……起きたらすぐに天功様の所に……あの子……紅玉を連れて……」

 程なくして蒼子が寝息を立て始める。
 愛らしい寝顔に柘榴は胸をきゅんとさせる。

 どのような姿でも凜とした美しさを持つ彼女だが、この姿の時は特に愛らしく、離れている間は本当に心配だった。

 非常事態に一度は冷静さを失ってしまったが一緒にいる紅玉の方が柘榴よりもはるかに深刻だった。

 この世の終わりのような顔をして絶望する紅玉を見たら冷静さは勝手に柘榴の元へと帰ってきた。

 人攫い、人身売買が横行する物騒な世の中なので心配する気持ちは分かるが、彼女は強運の持ち主だ。

 そんなに心配しなくても良いと柘榴は思っている。

「けど……」

 柘榴は眠りについた蒼子の寝顔をまじまじと見つめた。

 本当に愛らしい。ぷにぷにの頬を指で突っつきながら改めて考える。
 国中探しても蒼子以上に可憐で愛らしく、美しい容姿を持つ者はいない。

 加えて神力を持つ才女だ。

「紅玉の気持ちも分かるわ……」

 蒼子を溺愛する紅玉と父親のせいで悉く潰されていた縁談だが、逃げられない縁談話が持ち上がった。

 王族との縁談である。

 相手は第二王子で今年で二十六歳になる。
 相手は蒼子に好意的だが蒼子はそれを受け入れられないのだから仕方ない。

 本来であれば王族の縁談は断ることが出来ないが、何としても白紙に戻したい二人は条件を飲み、王子探しにこの町までやってきた。

 蒼子に怪我もなく再会し、良心的な人達に保護されていたのは幸運だった。
 それに対して紅玉と柘榴は蒼子を神女の座から引きずり降ろしたい連中からの襲撃を受けて疲弊気味だ。

『天功様の所に……』

 眠る直前に蒼子の口から出た人物の名に覚えがあった。

 蒼子の痕跡を辿り、行きついた場所で出会った老人も同じ名前だった。
 大した傷ではなかったが腕の傷を手当してくれた男性である。

「天功……天功……どこか別の場所でも聞いたことがあるような……ないような……」

 うーんと頭を捻るが思い出せない。

「明日になったら改めて聞きましょう」

 穏やかに眠る蒼子の毛布をそっと優しい手つきで整える。

「お休みなさいませ。蒼子様」

 一言を残して柘榴は主の部屋を出た。