「――瀬戸さん?」
「生井さん!!」
駆け寄ってきた瀬戸さんの顔は真っ赤で私の前まで来ると、膝に手をついて肩で息をした。
この前のような涼しい顔ではなく、全身に汗をかき息を切らす。
「どうしたんですか?なにかありましたか?」
おでこに張り付いた前髪を気にする素振りも見せず、瀬戸さんはすがるような目を私に向けた。
「……くが……」
「すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「フクが脱走してしまって……。まだ帰ってこないんです……!」
「フクちゃんが……!?」
「家の周りをずっと探していたんですが、見つからなくて……」
「フクちゃんはずっと瀬戸さんの家の中で飼われているんですよね?だとしたら遠くへは行っていないんじゃないかな」
「……確かにそうですね」
「この暑さじゃ肉球だって火傷しちゃうだろうし……。道路には出ていないと思います」
「そうか。そうですね……」
「私も一緒にフクちゃんを探します。瀬戸さんの家の周辺を重点的に探しましょう」
「ありがとうございます……!」
私は今にも倒れそうな瀬戸さんに自転車を差し出した。
「これ、使ってください」
「そんな!俺は大丈夫なので生井さんが使ってください。こう見えて中学高校と陸上部で走りにはそれなりに自信があるので」
「でも……」
「フクを一緒に探してもらえるだけでありがたいです。生井さん、くれぐれも無理はしないでくださいね」
瀬戸さんは言い残して私に背中を向けて走っていく。
その後ろ姿は確かに陸上部の走りだった。
姿勢よく、体の軸のぶれない美しいフォームで走り続ける瀬戸さんの姿に思わず目を奪われる。