玄関を出ると、自転車にまたがり足に力を込める。
ブレーキの利きが悪く力を込めるとぎぎぃーっと異音がするから少し恥ずかしい。
家の前の通りを低速で進む。
「ハァ……」
結婚してから息が詰まると私はこうやって自転車に乗って出かける。
手入れされているガーデニングの素敵なお宅を眺めたり、行きかう中高生の横を通りながら懐かしい学生時代の思い出に思いを馳せたり。
なんて開放的な気分なんだろう。
今日は暑さのせいで自転車に乗る人も、歩いている人もいない。
一人で過ごす時間が私にはとても貴重だった。
誰にも干渉されない時間。
ひとりぼっちは寂しい。でも、ひとりは寂しくない。
「あっつー……」
容赦のないギラギラとした太陽の熱がアスファルトに反射する。
今日の昼間は35度を超えると気象予報士のおじさんが厳重警戒するようにと言っていた。
あまりの暑さに車すら通らない。
舗装された道路の遠くの方の景色がもやもやと揺れている。
陽炎だ。
その奥から人影がやってくる。……人?
その人物が数メートルの場所に迫ったとき、私はブレーキを力いっぱい握った。
ギギィっという異音のあと、自転車が停止する。