『朝は食パンとスクランブルエッグ、それにカリカリに焼いたベーコンがあればいい。毎日それにしろ』と言ったのは健太郎じゃない。
「黙ってないでなんとか言えよ!!」
「お願いだから大きな音を立てないで」
怒声を浴びせられ、痛むこめかみを指で押さえて目をつぶる。
「お前が俺を怒らせるのが悪いんだろ?反省しろよ!!」
体中から怒りを放った健太郎は足を踏み鳴らしてリビングを出て行く。
バタンっと力任せに閉められた扉の音に自分の心がまたほんの少し健太郎から離れていったのを感じる。
怒りよりも諦めに似た気持ちの方が大きかった。
あの人はその日の機嫌でコロコロということを変える。
その都度私は健太郎の顔色を伺い、精神的に疲弊する。
「ちょっと、優花さん。またケンカなの?」
一人残された私の元へ義母が近付き、呆れたように顔をしかめる。
違う。これは、ケンカじゃない。
一方的に私だけが攻撃されていることに義母は気付かない。
「すみません」
「どうしてすぐに健太郎の地雷を踏むようなことをするのよ。もう結婚して2年でしょ?嫁ならちゃんと旦那のことをコントロールしなくちゃダメよ」
「……はい」
じゃあ、あなたはできているんですか?と心の中で尋ねる。
義父は家に帰ってこない。
結婚してから顔を合わせたのはきっと数えられる程度。
籍は抜いていないものの、義父は十個年下の女性と一緒に暮らしているらしい。
「そんなんだから子供だってできないんじゃない。健太郎がしたいと思えるように身なりも整えた方が良いわよ。あなた、いつもジーンズにTシャツじゃない。もう少しオシャレしなさいよ」
「……そうですね」
ぐっと奥歯を噛みしめる。
買い物に行こうとすると『健太郎が稼いだお金を無駄使いしないのよ』とたしなめるくせに。
健太郎も義母も言葉に一貫性がない。そのときの状況や感情で言うことが違う。
結婚してから私はずっとそれに苦しめられてきた。
距離を置きたい。
少しだけでも健太郎と義母と離れて気持ちを落ち着かせよう。