『子供……欲しくないの?』
『またそれ?俺、仕事で疲れてるんだよ。話があるなら明日な』
『この間も疲れたって言ってたでしょ?私だってこんな風に何度も誘って断られるの辛いよ……』
必死に健太郎に訴える。
『だったら、誘わなくてもいいだろ。そんな義務みたいにしなくても』
『だって、お義母さんにも言われてるんだよ?孫はまだかって』
『母さんの言うことは気にしなくていいんだよ。これは俺たちの問題だし』
『だけど……』
いつ体を触れられてもいい様に部屋の中で続けている体型維持のためのストレッチも新しく買った少しだけ派手な下着もムダ毛の処理も。
健太郎と結ばれるために努力したすべてが無駄だったのだと思い知らされる。
『しつこいな。お前、欲求不満なの?』
あざけるような健太郎の声に顔が引きつる。
『え……?』
『子供がどうとか言ってるけど、ホントは俺としたいだけでしょ?やっぱ女って歳重ねると性欲増すんだね?キモっ』
健太郎の言葉に様々な感情が沸き上がり、全身に広がっていく。
それは、怒りにも苛立ちにも似ていた。そして、憤りと悔しさにも。
『もういいよ!』
私は健太郎に背を向けて布団を被った。
……だったらなに?
確かに子供が欲しいからという理由だけでセックスをしたいわけじゃない。
私は、健太郎に愛して欲しい。
抱きしめて欲しい。
女として妻として、健太郎に愛されていると実感したい。
ふたりの繋がりが欲しい。
それなのに……。
健太郎は再びスマホをいじり始めたようだ。
動画でも見ているのか、時々かすかな笑い声をあげる。
ギュッと唇を痛いぐらいに噛みしめると自然と涙が零れた。
恥ずかしさと虚しさと切なさと悲しみと怒り。
セックスを拒否される痛みはきっと経験した者にしか分からない。
女としての存在価値のすべてを否定されているみたい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、健太郎の笑い声が大きくなる。
どうしてそんなに無神経になれるの……?
その晩、私は声を押し殺して泣いた。
あの日から私は健太郎を誘うことを辞めた。
結婚はゴールだと思ってた。だけど、そうじゃなかった。
夫婦としてのスタートラインに立って歩き出した私達。
でも、健太郎は自分の歩幅で歩く。
私が合わせようとしても、どんどん先を歩いて行ってしまう。
私が遅れていても振り返ってくれない。
結婚相手に選んだ健太郎はそういう男だった。