ひと夏のキセキ

「どういうこと?なんで?」


「遥輝と一緒にいると、私が無茶しちゃうから。私を守るために別れる選択をしたんだってさ」


一言一言、感情移入しないように淡々と話したつもりだったけど、どうしても声が震えてしまう。


「お母さんがね、遥輝に言ったんだ。遥輝のせいで私が倒れたって。遥輝と出会ったせいだって。私は1ミリもそんなこと思ってないのに…っ。遥輝は、お母さんの言ったことを真に受けて別れようって…っ」


もう気持ちに整理はつけたはずなのに、涙は枯れることを知らない。


葵が優しい手で背中をさすってくれる。


その優しさにまた涙腺を刺激されるんだ。


「わたし…っ、楽しみにしてた…っ。遥輝とこれからもずっと一緒にいられること、遊園地や水族館に行くこと、全部全部楽しみにしてた…っ。それが生きる意味だった…。私、遥輝がいるから生きられるんだ…。こんなつまらない人生でも、遥輝がいるただそれだけでよかったのに…。遥輝が、いなくなっちゃったよぉ…っ」


洪水のように溢れてくる涙を止めるのに、どれくらい時間がかかっただろう。


人前だと言うのに、激しく嗚咽して泣いてしまった。


なのに葵は、何も言わずただ優しく暖かな空気で背中をさすり続けてくれた。


「なぁ絢。絢はそれで納得してるわけ?」


嗚咽が止まった頃、葵が口を開いた。


そのトーンは少し怒っているように感じた。


「するしかないから…」


遥輝は硬い意志を持っている。


私にはそれをどうすることもできない。


泣こうが喚こうが、きっと遥輝の意志は変わらない。


だから納得するしかないんだ。


「そういうことを聞いてるんじゃない。納得してるかしてないかを聞いてんの」


「…してないよ。してるわけないじゃん…」


「じゃあなんで受け入れんのさ」


葵は鋭い声で続ける。


「だいたい、何考えてんだよあの男は。絢のために別れる?はぁ?ふざけんな。それのどこが絢のためになってんだっつーの」