チャイムが鳴って、生徒たちが慌てて席についているというのに、私は歩みを止めずに人気のない資料室へと逃げ込む。
「粋、大丈夫……?」
「天音、ごめんね。ありがとう……。でもホームルームが始まっちゃうから……」
「そんなこと、今どうでもいいよ」
 真剣なまなざしを向けてくれる天音が眩しくて、私は思わず泣きそうになってしまった。
 最近どうも涙腺が緩くなって、ダメだな。
 ずっと、病気のことは黙っておこうと決めたはずなのに、こうして本気で心配してくれる天音を見たら、それは不誠実な態度なのではないかと思えてきた。
「粋……私に何か言えないことがある?」
 何かを感じ取ったのか、天音側からそんなことを問いかけてくれた。
 私はこくんと頷き、ようやく決心を固める。
「じつは私……余命宣告されているの」
「え……」
「来月から、入院生活になる。ずっと黙っててごめんね」
 真剣に伝えると、天音は言葉が見つからないのか、小さく声を漏らして、そのまま固まっている。
 天音の綺麗な瞳がゆらゆらと揺れていて、そのままじんわりと涙が浮かんでくる様子が、スローモーションのように見えた。
 それから、天音は私のことをぎゅっと抱きしめて、「何で粋が謝るの」と、涙で震えた声で囁く。
「知らなかった……っ、私、何も……」
「うん、私が言ってなかったし……」
「もしかして、一週間前に倒れたのは、病気のせい……?」
「うん……」
 静かに頷くと、彼女はぶるぶると体ごと震わせる。
「さっきのバカ女、ぶん殴ってやりたい……っ」
 天音とは思えぬ暴言に思わずふっと笑ってしまうと、彼女は「本気だよ」と付け足してきた。
 その気持ちが嬉しくて、私はもう、全部が〝大丈夫〟だと思えた。
 天音の背中をそっと撫でて、私たちはしばらく互いの存在を確かめるように、抱きしめあった。
 きっと大丈夫。八雲の隣に誰がいようと、私はきっと祝福できる。
 でも……、家出したあの夜に過ごした八雲との時間は、私だけのものだと思っても、いいだろうか。
 天音の背中を優しく撫でながら、私は心の中でそれだけを願っていた。