慌てて涙を拭うと、突然近くにあった観光バスの陰に引き寄せられ、そのはずみで赤沢君の胸に顔からぶつかってしまった。
 偶然にも抱きしめられるような形になり、一瞬頭の中が真っ白になったけれど、赤沢君の腕の中は驚くほど落ち着いた。
 すぐにどこうとしたけれど、赤沢君の手が私の後頭部を抑える。まるで涙を隠すように。
「赤……沢君……」
 優しくされると、涙が止まらなくなるのは、どうしてだろう。
 赤沢君の体温に触れて、無理やり蓋をしていた感情が爆発してしまった。
「うっ……」
 全部嘘だ。私は本当は、自分の世界を難しくしているもの、全部を変えたいと思っている。
 血の繋がりのない母親とも、母親の味方のように感じる父親とも、本音を一切話すことのできない友人二人とも、もう二度と会えない亡き親友とも、どうにか向き合って、何とかしたいと思っている。
 でも、その方法が分からない。分からないから苦しい。逃げだしたい。
 どうせ人は生まれ変われるのに、と赤沢君は思うかもしれないけれど、私は、今この人生を、変えたいと思っているんだ。
 そのことに、私は今、ようやく気づいた。
「私……っ、死ぬまでに頑張りたい。自分の本当の気持ちと、向き合いたい……」
 抱きしめられながら、私は震えた声で心の内を言葉にした。
 こんなことを誰かに伝えるのは、生まれて初めてのことだった。
 心臓が、ドクンドクンと大きく音を立てている。呼吸が苦しい。涙が熱い。
 本心を打ち明けるってことは、こんなにもエネルギーを消費するものなんだ。
「泣いてる理由はよく……分からないけど」
 目の前で、赤沢君の喉仏が上下する。
 彼の心音が鮮明に聞こえてきて、さらに胸が苦しくなった。
「次の人生で頑張ればいいなんて、もう二度と言わないよ」
 私の肩を抱く手に、ぎゅっと力が込められた。
 白石粋としての人生を、精一杯あがきたいと思う……そんな気持ちが、自分の根底にあっただなんて、知らなかった。
 赤沢君は、深い理由を聞かないまま、ただ私が泣き止むまで、そばにいてくれた。
 私は、すぐに涙を止める方法が分からないまま、ただ彼の体温に包まれていた。