この子が夢花の生まれ変わりだからとか、そんな個人的な感情は今はどこにもない。
 この子はこの子として生まれてきて、生きづらさを抱えているのだから。
「……ねぇ、お姉ちゃんも頑張るから、一緒に生きてみてくれないかな」
「え……」
「理由は何でもいいから。このアニメが終わるまでとか、この日の給食を食べ終えるまでとか……とにかく何でもいいから。とりあえず明日まで、明日まで……って、一緒に頑張れないかな」
 女の子は無言のままだけれど、自分の中で何かを少し考えてくれている様子だった。
 そんな彼女に話してあげたいことが浮かんできて、私はそっと言葉を続ける。
「ある人から聞いた話なんだけどね……、山登りで辛いときって、山頂を見ずに、とりあえず次の一歩のことだけを考えるんだって。あんまり頂上は見ずに、自分の一歩先だけ考えるの。ものすごく辛いけど、無感情になっても、とりあえずこの一歩までは頑張るかって……、それを繰り返したら、思ってもない場所に辿り着けるものなんだって」
 いつか、八雲から聞いた話を、そのまま女の子に伝えた。
 彼女は何も言葉を発さないものの、真剣に私の話に耳を傾けてくれていることが分かる。
 どこまで彼女の心に届いたかは分からないけれど、辛いときに一瞬でも思いだしてくれたら嬉しい。
 私はそっと彼女の小さな手を握って、両手で包み込んだ。
「一時の今を救うために未来を捨てたくなることもあるけど、もしかしたら、思ってもない未来がいつか待ってるかもしれない」
「…………」
「生きていくって、難しいね」
 そう言ってふっと笑みをこぼすと、私は事前に準備しておいたものを女の子に渡した。
 渡したのは、ハート形の折り紙。中には、私のスマホの番号と、市が運営する子供相談所の電話番号が書かれている。
「この中にね、あなたの味方に繋がる番号か書かれてるの。どっちにかけてもいいから、何かあったら電話して」
「え……」
「上が私の番号で、下が相談所の番号ね。また橋から飛び降りたくなる前に、必ず電話して。お姉ちゃんからのお願い」
 真剣な口調でそう懇願すると、女の子はこくんと静かに頷いた。
 もし私がいなくなっても大丈夫なように、番号は私のスマホではなく、家の固定電話の番号を書いた。もちろんこのことは両親にも共有してあるから、私がいなくてもきっと二人が助けになってくれる。