私は逃げるようにして執務室を後にした。
 あの二人と同じ空間にいたくなかったのだ――自分が異物のように感じられてならなかった。
 それは母のあの目だ。私とカタリナに向けられる母の目は、明らかに違っていた。
 カタリナに向けられる母の目――それは、慈愛に満ちているように見えた。少なくとも、私は生まれてこの方、母にそのような目を向けてもらったことはない。
 

 もともと、私と母の関係性は、一般的な母娘のそれとは違っていたのだと思う。
 私と母には、〈聖女〉しか繋がりがなかった。だからと言って、そのことに不満を持ったことはない。〈聖女〉というのは、そういうものだと思って育ってきたからだ。
 だが、母とカタリナを見て確信した。
 私は母に愛されておらず、カタリナは母に愛されている。


 自室のドアの前に立ったとき、私は異変に気がついた。
 鍵をかけたはずのドアが開いていたのである。おそるおそる中を覗いてみると、身の回りの世話をしてくれる召使いたちが、慌ただしく動いていた。
 彼女たちがやっていることを見て、私は思わず叫んでいた。
「あなたたち、一体、何をしているの!」
 いきなり声をかけられたにもかかわらず、彼女たちは手を休める様子はなかった。
「マリア様、お部屋の移動をお願いします」
「部屋の移動? そんな話は聞いていないわ。誰に言われたの?」
「先ほどエリザベート様が。カタリナ様がお使いになるそうです」
「カタリナ……!」
 私は聖女のモチーフがついたペンダントを思わず握りしめた。
「そう……それで私の新しい部屋はどこ?」
 私は精一杯平静を装った。
「今日から離れで寝泊まりするようにと、エリザベート様が……」