◯義実家のリビング。

 ダイニングテーブルに義母と向き合って座っている。

 水曜日の仕事帰り。
 穂花は義母から突然呼び出されて、一人で義実家へ来た。

 形ばかりに置かれた珈琲にはお互い口をつけず、すぐに義母は穂花を呼び出した理由を話し出す。

義母「朝陽の子供の話は、あなたもご存知なのよね」

 義母が知っている事に驚く穂花。
 朝陽が話したのかと考えている穂花に、義母は茉里がこの家に来たのだと話す。

 茉里は義母に、朝陽に離婚して舞の父親になって欲しいと告げたという。
  
 結婚記念日の日、義母が朝陽を呼び出した理由はこの事実を確認する為だったのだ。

義母「写真を見せて貰ったけれど、私は、朝陽との血の繋がりを感じたわ」


義母「親子鑑定をするよう依頼しました。もし、その結果、あの子が朝陽の子供だと証明されたら、あの子には親としての責任を果たす義務があるわ」

穂花「それは、……もちろん、私もできる限りのことはするつもりで……」

義母「養育費だとか、そういう話ではないのよ」

 穂花の言葉を義母はばっさりと切り捨てる。

義母「子供を産むつもりがないのなら、もうあの子とは別れてちょうだい」

 穂花はショックで言葉を失う。
 義母は穂花よりも、茉里を朝陽の嫁に望んでいるのだ。
 上手くいっていたとはいえないが、何年も家族として関わってきた穂花よりも、義母は子供を産んだ茉里を選んだ。


義母「穂花さんが、お腹の子供を失って辛い思いをしてきたのは分かるから、これまであなたの気持ちを尊重して私も我慢してきたけれど……。私達にも、孫を望む権利はあるでしょう?」

 膝の上で握りしめた手に爪が食い込む。
 
 心がぐちゃぐちゃで、痛いのは手なのか心なのかすらよく分からなくなる。

義母「親は自分の子供の成長を近くで見守りたいものなの。朝陽を愛しているなら、あの子から子供を奪わないで」



◯帰り道。

 穂花は義母との会話を回想しながら歩く。
 
義母「朝陽に問題があって出来ないのなら、私達も諦めはつくわ。でも、絶対に妊娠できないわけでもないのに、あなたひとりの我儘で、治療を諦めた。朝陽の妻として役割を放棄したも同然よ」


義母「朝陽だって、本当は欲しがってたはずよ。兄弟の子供達を可愛いがってる朝陽を見るたびに、親として胸が痛むの」

◯七年前の回想。

 穂花と朝陽は、ある事情から子供は作らないと決めた夫婦だ。
 
 結婚後すぐに穂花は妊娠。ハネムーンベイビーだと朝陽と喜んだ数日後に、流産。

 
 その後、一年以上自然妊娠できず、不妊治療専門の病院に通い、それから三年後、苦しい治療の末にやっと子供を授かり、ふたりで涙を流して喜んだ。

 
 だけど、NIPTで異常が見つかってしまう。産むかどうか決断を迫られた二人は、毎日毎日、何時間も話し合った。

 検査結果が出てから、リミットはたったの二週間しかない。どうしても自分では決断しきれなかった穂花は、母親と義父母の強い説得で子供を諦めた。

母「決められないなら、お母さんが決める。諦めなさい」
 
 穂花に覚悟がないと見抜いた母親は、子供を殺す決断を娘の代わりに背負ってくれたのだ。
 
 その後、我が子の命を殺す選択をした後悔に苛まれ、穂花は次の子供を持つことに抵抗を持つようになる。健康な子供じゃないと育てる自信がないなんて、自分には親になる資格はないと思った。


 朝陽と話し合い、夫婦は子供を持たない、dinksを選択した。