地下のシェルターは上の階とほとんど変わらない、すぐにでも人が住めるような造りになっていた。明かりを灯せば、簡易的ではあるが椅子やベッドなども各スペースに設置されている。調度品などはさすがに置いていないので、殺風景ではあるけれど。
 

「奥様、お疲れではないですか? お茶を準備しましたのでこちらへどうぞ」
「こんな時にお茶を……? ウォルター、気を遣わないで大丈夫よ。私って割と過酷な環境でも耐えられるの。慣れてるから」
「いいえ、私たちは奥様が安全で快適に過ごせるように、厳しく言いつけられていますので」

 周りにいるメイドたちも、ウォルターの言葉にうんうんと笑顔で頷いている。

「……もしかして、ユーリ様にそう言われたのですか?」
「そうです。使用人たち一同集められて、厳しく言われています。奥様が遠慮なさると、私たちが叱られてしまいますので、ゆっくりお座りになってください」
「でも、使用人の皆様は初め私を避けていらっしゃったし……何だか申し訳ないです」

 ウォルターは一瞬目を丸くして驚いたが、クスクスと笑い始めた。

「それはですね、理由があるんです」
「理由?」
「元々ここにいらっしゃる方はソフィ・ヴァレリー様だと伺っていました。使用人一同、ソフィ様に嫌がらせをして追い出すつもり満々だったんですよ。でも、いらっしゃったのはリゼット様でした。使用人たちが間違ってリゼット様に嫌がらせをしないよう、ユーリ様が使用人の屋敷立ち入りを制限したのです」

 自分では見えないけど、今度は私の方が目を丸くしていると思う。だから使用人たちがほとんどいなかったの?

「皆さんに嫌がらせはしないようにと言って頂ければ、それで良かったのに……」
「その通りですね。リゼット様がここにずっと居て頂けるか自信がなかったのでしょうかね。それに、関わる人が多ければ多いほど、ユーリ様が身代わりになっていることも隠せなくなってきますから」

 私の前にお茶を置いてくれたメイドも続ける。

「奥様はとても怖い人だって聞いていたから、本当に初めの頃は失礼な態度をして申し訳ありません! でもユーリ様と一緒にお食事をされたり、お掃除しているところをたまたま見つけちゃって……奥様は怖くないんだって分かりました」

「……お掃除しているところ、見られてしまったのね」

 地下は日も差さないから大丈夫かしら、多分私の顔は恥ずかしさで真っ赤になっているに違いない。大丈夫? 私、掃除をしながら鼻歌を歌ったりスキップしたりしていなかったかしら……

「ユーリ様が、身代わりであることが奥様にバレた……って、使用人たちを集めて発表してましたよ。本当律儀な人ですよね。自分が森に行って留守の間、くれぐれも奥様を頼むって厳しく言われました。難しいのかもしれませんが、私たちは奥様にここに残ってほしいと思っています」

「えっ……?」

「私たちには詳しい事情は分からないですけど、大声で歌って踊りながらお掃除してくれる貴族の奥様なんて、他に絶対いないもの! 私たち、みんなリゼット奥様にお仕えしたいと思っています!」



 ……やっぱり、歌ってたの見られてたのね。しかも私、踊ってた?


 ユーリ様は私に冷たくしてくれればそれでいいのに、こうして離れていてもいつも私を守ろうとする。
 近付けば突き放すのに、離れれば彼の存在を感じる。

 私だってここに残りたかった。でも、リカルド様の妻になることはできない。

 みんな、ごめんなさい。

 私はもう決めてしまった。ここを離れて王都に戻り、お母様を守る。そしてお母様の安全が確保できたら、リカルド様との離婚手続きをするわ。