逆に、使用人と共に働いていた私のことは社交界でもほとんど知られていない。国王陛下はお父様に『娘を嫁がせろ』としか仰らなかったので、ソフィの代わりに私を嫁がせることにしたお父様は、陛下との約束を違えたわけではないとアピールして回っている。

 そこまでしてお父様に守ってもらいたいほどにソフィが嫌がるのが、リカルド・シャゼルという相手。一見華々しい経歴の彼なのに、ソフィがそれほど嫌がるまでに女癖の酷い方なのだろうか。


 結婚準備を整えてロンベルク辺境伯領に向けて出発したのは、王都に春が訪れた頃だった。

 王国北部にあるロンベルク領に近付くにつれて季節は遡り、数日後には窓の外にチラつく小雪が見えた。
 嫁ぐにあたってお父様が準備してくれたものは何もない。文字通り身一つで嫁ぐ私に、先方が侍女を雇ってくれ、途中の町まで迎えに来てくれた。侍女の名はネリー。私よりも二つ年上の二十歳のお姉さん。

 ネリーもシャゼル家で働くのは初めてらしい。こんな遠いところまで来てくれたネリーに申し訳ない気持ちだ。



「ええ、それは酷い噂ばかり聞きますよ」

 そのネリーにリカルド・シャゼルの噂を聞いてみると、彼女の話が止まらなくなってしまった。

「初対面から平気で口説いてくると言いますし」
「はあ……」
「夜会では、必ず女性と一緒に途中で姿を消すそうです」
「あらら……」
「姉妹で手を出された方もいらっしゃるとか」
「へえ……」
「朝と晩で別の女性を連れている姿を見られたことも」
「ほお……」
「ちなみに、男女構わずお相手になさるそうです」
「まあ……」

 出てくるわ出てくるわ、浮いた話が。

「魔獣との戦いでよっぽどご活躍なさったのでしょうね。いつも自信満々で、自分の誘いを断る相手はいないと、いつも周りに漏らしているそうです」
「自信も満々……」
「そうそう、女性の好みも幅広く、あ、男性もですけど。隙あらばすぐに誰かれ構わず声をかけるそうです」
「ネリー、それって……」

 そうよ、世の中に上手い話があるわけがないのよ。
 ソフィが断固として結婚を拒否し、お父様が言い訳して回る羽目に陥ったほどの強敵。そこまでの女好き、いいえ、男女好きなのであれば……

「もう既に、お子様の一人や二人いらっしゃるのではないの?」
「どうでしょう? 派手な遊びが始まったのは一年ほど前だと聞きましたから……そろそろその頃のお子様が生まれてるかもしれませんね」
「…………」