「何の責任もない君に冷たい言葉を言ってつらい思いをさせたと思うし、俺の言葉や態度でたくさん嫌な思いをさせたと思う。どう謝っても謝り切れない。俺はシャゼル家の存続のために君を利用したし、一生懸命この家に馴染もうとしてくれていた君の気持ちを踏みにじった」

 旦那様の声はかすれ、組んだ両手は小刻みに震えていた。

「……私にも、ソフィにしようと思っていたのと同じように、冷たくなさればよかったのに。中途半端に優しくされて、こうして突き放されるなんて。それならどうして初めから……」

 八つ当たりだ。
 旦那様は初めから、私にちゃんと釘を刺していたのだから。旦那様のさりげない優しさに勝手に惹かれたのは私だ。

 でも、毎朝スミレを贈ってくれたのも、ロンベルクの森でつないでくれた手も、街で一緒に食事をして楽しく過ごしたことも、全て自分が夫であるように見せかけるための演技だったの? 本当に嘘だったの?


「いつかは君に本当のことを伝えなければと思っていた。それができなかったのは俺のせいだ……。リゼット、本来の道に戻ってもらえるか。君はリカルドの妻だ。あいつが見つかれば、俺からリカルドに、もう二度と仕事を投げ出さないように言うし、他の女性に手をださないようにも厳しく注意しておく」

「……私に、何もなかったように別の人の妻になれと?」

「……リカルドは、伯爵家の娘である君に釣り合う申し分ない身分だ。君が以前のように生活に困ることはない。魔獣の被害も、俺たちロンベルク騎士団がこれからも守り続ける。君は何にも脅かされることなく生きていける。他のどんな道よりも……幸せになれるはずだ」

「私はこの数か月ユーリ様と過ごしてとても楽しかったんです。このロンベルクでずっと暮らしたいと思っていました。でも、こんなのおかしいわ。全てが嘘で、あなたの態度も全て演技だったのですか?」

 感情がぐちゃぐちゃだ。叫び出してしまいたい。

 旦那様はどういう気持ちで私に接していたの?
 こうして私の前から去るくせに、どうしてスミレをくれたりしたの?
 「愛するつもりはない」と言ったのなら、そのようにして欲しかった。


「どうしても君に冷たくできなかった。俺の中途半端な対応が君を更に傷つけた。何を言っても言い訳になってしまうが、本当に君に感謝している。あの日、食堂アルヴィラで君に出会ったおかげで、心から幸せを感じた。卑屈だった気持ちが、自分を大切にしようと思えるようにまで変わった」

「……ユーリ様。ご自分の気持ちを大切になさった結果がこれなんですね? 誕生日は五月と仰いましたよね。本当はいつなんですか?」

「五月はリカルドの誕生日で、俺の本当の誕生日は十一月だ。本当に全部嘘まみれで済まなかった。でもこれだけは信じてほしい、俺は心から君の幸せを願ってる」


 もう、お互いに視線も合わない。
 どんな顔をして相手を見たら分からない。

 よく考えれば、おかしい点はいくつもあった。

 自分の屋敷で道に迷うなんて変だし、あれだけ悪評高かった女癖の悪さだって全く感じさせなかったのもおかしい。初めから、リカルド様本人じゃないことを疑えばよかったのね。

 それに気づいていれば、私もユーリ様に惹かれることもなかったのかしら。今となってはもう分からない。

 長い沈黙が続いた後、廊下の方からバタバタと慌ただしい足音が近付いて来た。扉がバタンと開き、執事のウォルターが部屋に飛び込んでくる。


「旦那様! 騎士団への報せです! 魔獣が再び姿をあらわしたそうです!」