「ねえ、ユーリ」
「……すまない、ここではリカルドと呼んでくれ」
「えっ……二人きりの時もそうなのね。じゃあ、リカルド。かなり歩いたけど、あとどれだけ歩けば執務室に着くの?」

 いつもはショートブーツのカレンが今日は珍しくヒールのある繊細な靴を履いている。さっきまで颯爽とカツカツ歩いていたのに、今は足をかばうようにゆっくり歩いている。

 ……だから、なんでそんな格好してきたんだよ。


「俺もこの迷路屋敷をまだ覚えてないんだ。適当にその辺の部屋にしよう」

 近くにあった部屋の扉を開けると誰もいない。もう、手っ取り早くこの部屋で話を済ませてしまおう。

 部屋の窓は開いていて、掃除の後の換気の時間のようだ。家具には埃一つ溜まっていないし、椅子もきちんと整えられている。誰も使っていない部屋なのに、荒れていなくてよかった……俺はカレンを椅子に座るように促した。

 そういえば、俺が使用人たちに「屋敷内にできるだけ入るな」なんて言ったんだった。わざわざ執務室までいかなくても、こうして無人の部屋はたくさんあるはずだ。一体誰が掃除してくれているのかは知らないが、清潔な部屋がいくつもあるなら、これからは近くの部屋を使うことにしよう。


「大丈夫だ、ここで話そう」
「ええ、お邪魔します」
「とりあえずその辺の椅子に座ってくれ」

 カレンはドレスの裾を気にしながら椅子に座り、おもむろにスミレの調査結果と思しき書類を取り出した。
 書類をこちらに向けて、俺の方にスッと差し出す。