忙しく働く彼女は俺の顔なんて覚えていないだろうが、どうしても何か気持ちを伝えたくて手紙を書いた。誕生日を祝ってくれた御礼と、彼女への好意までほのめかしてしまった。
 顔も知らない相手からそんな手紙をもらったら、普通の女の子なら恐怖を覚えるだろう。彼女の負担になりたくなかったから、差出人の名前は書かなかった。

 それからも王都に寄る時はその食堂に通ったが、彼女も毎日働いているわけじゃない。一度も会えないまま、俺は再びロンベルクに戻ることになった。

 最後にどうしても彼女のことが知りたくて、食堂『アルヴィラ』の店主に彼女のことを聞いた。

 店主が言うには、彼女の名前はリゼット・ヴァレリー。ヴァレリー伯爵令嬢だよ、と。俺は驚き、なぜ伯爵令嬢がこんなところで働いているのかと尋ねたら、彼女は伯爵の妾と娘に部屋を追い出され、使用人として働いているという。
 そんな辛い立場にあるにも関わらず、見ず知らずの相手の誕生日を祝おうなんて、自分だったらそんなこと思えるだろうか。生まれた境遇に嫌気がさして自暴自棄になっていた自分が、情けなくて恥ずかしくなった。


 リカルドについてはさすがの国王陛下も業を煮やし、王都に住む伯爵令嬢を妻として娶れと要求してきた。結婚すれば女遊びも落ち着くだろうと思ったのか。

 リカルドの結婚相手を聞くと、ソフィ・ヴァレリー伯爵令嬢だという。俺はその名前に聞き覚えがあった。

 ……あの店の店主から聞いた、リゼットの義妹じゃないか。
 
 リゼットを追いやった張本人が俺の目の前に現れる。友人の妻として。


 リカルドのこと、そしてリゼットのことを考えた。
 このままソフィ・ヴァレリーをこの地に受け入れて、辺境伯夫人として敬うことが俺にできるのだろうか。いくらリカルドが女好きで仕事もしないダメなやつだとしても、大切な友人にそんな女が嫁いでくるなんて許せない。

 とにかく一度、まずはソフィとやらの顔を見てやろう。そんな軽い気持ちで、リカルドの結婚式への参加を決めた。その決断がきっかけで、おれは伯父に言われてリカルドの身代わりを引き受ける羽目になってしまった。

 この選択を肯定すべきか後悔すべきか。

 それは、今の俺にはまだ分からない。