厚着はしてきたけれど森の中は肌寒い。旦那様の体の熱が暖房のように心地良かったのに。少し残念な気持ちを感じながら、旦那様に見られないようにと思ってこっそり振り返ると、何と旦那様の鼻からつうっと赤いものが……

「旦那様! はっ……鼻血です! 少し休みましょう!」
「へっ?!」

 なんだか旦那様の第一印象がどんどん崩れていくように思うんだけど気のせいだろうか。

「……リカルド! 大丈夫? とりあえず馬を繋ぐから、これどうぞ」

 カレン様が私よりも先に旦那様に手当用の布を差し出し、馬を連れて行く。さすが騎士様、こういう緊急時の対応にとても慣れていらっしゃるのね。 

 ここに来る途中、森の中はところどころ火で焼けた跡が生々しく残っていたけれど、奥に進むにつれて戦いの跡も目につかなくなっていった。割と森の奥の方まで来たと思うけど、この辺りは元々魔獣が住んでいたとは思えないほど、穏やかで空気も澄み、神聖な空気が漂っている。

 こんな素敵な場所で、ロンベルク騎士団が戦っていたなんて信じられない。

「この森に住む魔獣は全て死んでしまったのですか?」
 木にもたれて座り、鼻血が止まるまで休んでいる旦那様には聞きづらいので、カレン様に声をかけた。

「全てではないわね。もう少し行くと湖があるのだけど、その湖の水で最後に残った魔獣たちは浄化することができたの。全滅させるのはさすがに気が引けてね……元は普通の動物だった子たちだから」
「そうなんですね。それでこうして、時々森に様子を見に来ているのですね」
「そうよ。浄化された動物たちが、再び魔獣化せずに暮らしているか見に来てる。いつもはもう少し大所帯で来るのだけど、今日は……リカルドが、気心しれた同期の私たちだけで行きたいっていうものだからね」
「そうですか、旦那様が……」

 少し離れたところにいる旦那様は、ハンス様と談笑している。良かった、鼻血も止まったようね。なぜ急に鼻血が出たんだろう。こんなに肌寒いのに。