私は、食堂『アルヴィラ』のおばあちゃんから聞いた、ロンベルクの森にだけ咲くという花のお話を思い出した。あのあと図鑑で調べていたら、アルヴィラは早春に咲くと書いてあったから、ちょうど今頃の季節ではないだろうか。

「旦那様。ロンベルクの森には、アルヴィラという花が咲くと聞いたのです。その花を見られるかしら」
「……アルヴィラ? ああ、あの店の名前はそこから……」
「え?」
「いやいや、何でもない」

 旦那様はまた慌てている。


「アルヴィラは、染物に使うんですって」
「染物?」
「はい。赤や青などのよくある色ではなくて、銀色に布を染め上げるという珍しい花です。ロンベルクの森にしか咲かないと本で読みました」

 長年魔獣が住んでいたロンベルクの森には人が入ることができなかったので、アルヴィラの花を実際に見た人はほとんどいない。そんな伝説の花に出会えるかもしれないと思うと、楽しみでたまらなくなってきた。

「旦那様、もし足手まといでなければ、一緒に連れて行ってくださいますか?」

 もちろん、と言いながらも顔を真っ赤にして、旦那様は部屋を出て行った。

 ……怒ったのかしら。怒るくらいなら誘わなければいいのに。


 しばらくして再びのノックの音が聴こえ、今度はネリーが部屋に入って来る。

「リゼット様、何だか楽しそうなお顔ですけどどうされました?」
「ええ、明日お出かけすることになったの。準備を手伝って! あと、毎朝スミレを贈ってくれていたのは旦那様だということが分かったわ」
「あら、そうだったんですね。そんなに嬉しそうになさって……リゼット様はスミレがお好きなんですね」
「スミレはもちろん好きよ、花は全部好き……って私、旦那様にそんな話をしたかしら?」

 まだ数回しか顔を合わせたことのない旦那様に「花が好き」だなんてお伝えした覚えはないけど、なぜご存じだったのかしら?