ここで話は冒頭に戻る。

 扉を開けて入ってきた男は、亜麻色の髪にサファイア色の瞳。いかにも女好きしそうな風貌の彼から出た言葉は、

「俺は君と結婚したが、君のことを愛するつもりはない」

だった。


「……愛するつもりがないとは、どういうことでしょうか」
「何度も言わせないでくれ。俺は君のことを愛するつもりはな……い……かもよ? 今のところは」

(今のところは……って何かしら。突然どもりはじめたし)

「旦那様、今のところは、と言うと、そのうち愛するようになる可能性があると言うことですか?」
「……とにかく、当面君のことを愛するつもりはないから、寝室も別にさせていただく。ゆっくり寝てください。それでは」

 そう言って、旦那様は私の寝室を出て行った。


 扉がパタンと閉まる。
 私は体中の空気が出て行くのではないかと思うほど、深くため息をついた。

 『今のところは』『当面』私のことを愛するつもりはない……と。
 ――どういう意味?!

 そんな生殺しみたいなセリフが一番困るのだ。
 いっそのこと『一生愛するつもりがない』と言われた方が気持ちはスッキリする。

 女好きしそうな麗しい見た目の方だったし、恋のお相手に事欠かないのも納得できる。
 でも、少しだけ見え隠れした丁寧な話し方や態度には、優しさや礼儀を感じた。あの方が本当に、王都まで名が轟くほどの女好きなのかしら。

 そうは見えなかったけど。

 ――ダメだわ、リゼット。期待してはダメ。

 男女間の愛なんて、私だけが頑張っても仕方のないことなのだ。旦那様と家族になれたら……なんて期待したら、あとで傷つくかもしれない。

 だって旦那様は私に釘を刺したのだから。自分の愛を期待するな、と。