王都で秋が深まった頃、私は再びロンベルクに向かった。


 ロンベルクにはもう雪が積もり始めていて、教会のステンドグラスにはひらひらと雪の影が透けて見えた。

 一度目の結婚式は、リカルド・シャゼル様と。
 招待客も少なく、新郎は失踪し、神父様は倒れ、そんなバタバタの中で慌ただしく終わった。


 二度目の今回は、教会いっぱいに招待客の方たち。

 ロンベルク騎士団のみんな、シャゼル家の使用人たち、執事のウォルター。そして私の大切な家族、お父様とお母様も参列してくれている。ユーリ様のご家族の後ろには、リカルド・シャゼル様のお姿も。


 今回もなぜか背中の大きく開いたデザインのウェディングドレスを身に纏った。頭からは、ドルンで染めた繊細な銀色のロングヴェールをふんわりとかぶせてもらう。


「リゼット」


 私の名前を呼んだユーリ様が差し出す手に、私の手を添えて。

 見たことのある顔の神父様の前で、永遠の愛を誓う。

 結婚証明書が正しく書かれているかを念入りに確認する私とユーリ様の姿を見て、リカルド様はうしろから大笑いしていた。


 そして初夜の晩は二人で満月の見える窓辺に立ち、お互いの顔をしっかりと確認。


「……ユーリ様の、身代わりの方じゃないですよね?」
「リゼット、ちゃんと俺の顔を見て確認して」


 リカルド様のせいで、私たちは色々と大変な新婚生活を送っている。


 アルヴィラにドルンスミレの毒を浄化する働きがあるのではないかというユーリ様の話から、お母様も私と共に王都からロンベルクに移ってきた。自分の足で歩く練習も始めているし、それ以外はほとんど以前のように元気に過ごせるようになっている。

 お母様とお父様は離婚はしていない。

 王都に住むお父様に、『季節ごとに一回のお見舞い権利』をあげたのだそうだ。お父様はお母様に会うために季節が変わるとロンベルクを訪れ、そのたびに星型のシャゼル屋敷の中で、お母様の部屋を探してウロウロするお父様の姿が見られるようになった。
 誰もお父様を丁寧にご案内してくれる使用人なんていないから、自力でお母様の部屋にたどり着くしかないらしい。


 そうそう、結婚式を挙げてから一年ほど経って、突然見知らぬ女性が訪ねてきた。

 ボサボサになった赤茶色の髪の毛、目が米粒のようにしか見えないほどのビン底眼鏡のその女性は、応対した私の大きなお腹を見て、悲鳴を上げて去って行った。
 後から聞いた話によると、その女性は、ドルン医薬研究所でリカルド様に昼夜問わず馬車馬のように働かされているカレン・ゲイラー様だったらしい。

 それ以降、彼女は二度とロンベルクに現れなかったけれど。





「リゼット、今日もスミレを摘んできたよ」


 雪の下から少しずつ顔を出した春の花を、今年もユーリ様が毎朝プレゼントしてくれる。以前よりも花の数が多いのは、おそらく二人分のプレゼントだからだ。


「ありがとうございます。今日も頑張ってきてくださいね」


 ユーリ様は私の額にキスをして、ロンベルクの森の巡回へ向かった。さあ、ここからは私の自由時間だ。


「さあ、ネリー! 今日もお掃除を始めるわよ!」
「奥様! 無理なさると、旦那様のお留守の間に生まれてしまいます!」
「あら、少しは運動した方がいいのよ」


 私は雑巾で屋敷の窓を拭きながら、ロンベルクの森へ向かうために馬に乗った旦那様に手を振った。

 
(おわり)