「リゼット」
「はい、ユーリ様。なんでしょうか? お水ですか? 薬ですか? 暑いですか? それとも……」
「リゼット! 働きすぎだ、少し休んでおいで」
私の手から運んでいたシーツやタオルをひょいと奪い、お母様の部屋に運ぼうとするユーリ様。私のことを働きすぎだというけれど、まだ傷が完治もしていないのに全く療養しようともせずに他人の家で働くユーリ様の方がおかしいと思う。
止めようとして追いかけたけれど、ユーリ様はシーツをお母様の部屋にいたグレースにさっさと渡して振り返った。
「侍女たちも頑張ってるし、君は少し休んだ方がいい。俺も手伝うから」
「でも……ユーリ様はお客様なので」
「それに、君に話があると何度も言っているのに、いつも忙しそうだから困ってるんだ。今日は少し話せる?」
「……ごめんなさい、私今日は少し行くところがあって。ユーリ様こそ、ケガがまだ治ったわけじゃないんですから! また倒れてしまっては、ヴァレリー伯爵家は今度こそ陛下のお怒りを買ってしまいます。何と言ってもユーリ様は、新たなロンベルク辺境伯様なのですから……」
ケガで倒れたユーリ様が王城で意識を取り戻した後、そのまま国王陛下の元に向かってロンベルク辺境伯に任命してくれるように直談判したそうだ。
背中の生々しい傷とユーリ様の気迫に押された国王陛下はユーリ様の願いを受け入れ、ロンベルク辺境伯に正式に任命した。
陛下の密命を受けて、国内で発生した貴族の毒殺未遂事件を調査・解決したリカルド・シャゼル様の手腕を買い、ドルン医薬研究所の所長に任命する。
彼が密命によってロンベルクを離れている間に、魔獣征伐を含めて辺境伯を代理で務めあげたユーリ・シャゼル様を、正式にロンベルク辺境伯に任命する。
そんな流れだった。
しかし、遠く離れた土地の人事など王都の民たちにとってはどこ吹く風。
辺境伯が入れ替わったことよりも、平民の子が貴族の子になりすまして伯爵夫人を毒殺しようとしたという事件の方が、噂の中心になった。
リカルド様の失踪とユーリ様の身代わり、そしてシビルやソフィたちの計画によって複雑に絡まり合っていた糸は、少しずつほどけていく。
その中で、切らねばならぬのに繋がっている糸。
それが、リカルド様と私の関係だ。
私はユーリ様がカレン様のことを想っていらっしゃるのだと思い込んでいたけれど、それはどうやら私の勘違いのようだった。
私が去年の十一月にユーリ様から頂いた手紙が、ユーリ様の本心なのだとリカルド様も言っていた。
ふとした瞬間に、どうしてもあのユーリ様の手紙の内容を思い出して顔が火照ってしまう。
あの手紙に書いてあった言葉、私のことを「愛しく思う」と。
きっとユーリ様と二人でお話すれば、そういう話になるのだと思う。
でも、私はそれをどんな顔をして聞けばいいのか分からない。
実態は夫婦ではないけれど、手続き上は私はリカルド・シャゼル様の妻のまま。そんな私が他の男性と同じ屋敷内で生活していることも良くないのに、二人きりでお話するわけにはいかない。
せっかくロンベルク辺境伯として華々しいスタートを切ったユーリ様の、足枷にはなりたくないのだ。
リカルド様が一体何をなさろうとしているのかよく分からないけれど、彼がドルンに発つ前に、離婚だけは絶対にして頂かないといけないと思っている。
ユーリ様のお気持ちに答えるかどうかは、それから考えるべきことだから。
今日はお母様も調子がいいし、この隙にリカルド様を訪ねてみよう。
そう思っていたのだが、なんと向こうの方からヴァレリー伯爵家を訪ねてきたのだった。
「はい、ユーリ様。なんでしょうか? お水ですか? 薬ですか? 暑いですか? それとも……」
「リゼット! 働きすぎだ、少し休んでおいで」
私の手から運んでいたシーツやタオルをひょいと奪い、お母様の部屋に運ぼうとするユーリ様。私のことを働きすぎだというけれど、まだ傷が完治もしていないのに全く療養しようともせずに他人の家で働くユーリ様の方がおかしいと思う。
止めようとして追いかけたけれど、ユーリ様はシーツをお母様の部屋にいたグレースにさっさと渡して振り返った。
「侍女たちも頑張ってるし、君は少し休んだ方がいい。俺も手伝うから」
「でも……ユーリ様はお客様なので」
「それに、君に話があると何度も言っているのに、いつも忙しそうだから困ってるんだ。今日は少し話せる?」
「……ごめんなさい、私今日は少し行くところがあって。ユーリ様こそ、ケガがまだ治ったわけじゃないんですから! また倒れてしまっては、ヴァレリー伯爵家は今度こそ陛下のお怒りを買ってしまいます。何と言ってもユーリ様は、新たなロンベルク辺境伯様なのですから……」
ケガで倒れたユーリ様が王城で意識を取り戻した後、そのまま国王陛下の元に向かってロンベルク辺境伯に任命してくれるように直談判したそうだ。
背中の生々しい傷とユーリ様の気迫に押された国王陛下はユーリ様の願いを受け入れ、ロンベルク辺境伯に正式に任命した。
陛下の密命を受けて、国内で発生した貴族の毒殺未遂事件を調査・解決したリカルド・シャゼル様の手腕を買い、ドルン医薬研究所の所長に任命する。
彼が密命によってロンベルクを離れている間に、魔獣征伐を含めて辺境伯を代理で務めあげたユーリ・シャゼル様を、正式にロンベルク辺境伯に任命する。
そんな流れだった。
しかし、遠く離れた土地の人事など王都の民たちにとってはどこ吹く風。
辺境伯が入れ替わったことよりも、平民の子が貴族の子になりすまして伯爵夫人を毒殺しようとしたという事件の方が、噂の中心になった。
リカルド様の失踪とユーリ様の身代わり、そしてシビルやソフィたちの計画によって複雑に絡まり合っていた糸は、少しずつほどけていく。
その中で、切らねばならぬのに繋がっている糸。
それが、リカルド様と私の関係だ。
私はユーリ様がカレン様のことを想っていらっしゃるのだと思い込んでいたけれど、それはどうやら私の勘違いのようだった。
私が去年の十一月にユーリ様から頂いた手紙が、ユーリ様の本心なのだとリカルド様も言っていた。
ふとした瞬間に、どうしてもあのユーリ様の手紙の内容を思い出して顔が火照ってしまう。
あの手紙に書いてあった言葉、私のことを「愛しく思う」と。
きっとユーリ様と二人でお話すれば、そういう話になるのだと思う。
でも、私はそれをどんな顔をして聞けばいいのか分からない。
実態は夫婦ではないけれど、手続き上は私はリカルド・シャゼル様の妻のまま。そんな私が他の男性と同じ屋敷内で生活していることも良くないのに、二人きりでお話するわけにはいかない。
せっかくロンベルク辺境伯として華々しいスタートを切ったユーリ様の、足枷にはなりたくないのだ。
リカルド様が一体何をなさろうとしているのかよく分からないけれど、彼がドルンに発つ前に、離婚だけは絶対にして頂かないといけないと思っている。
ユーリ様のお気持ちに答えるかどうかは、それから考えるべきことだから。
今日はお母様も調子がいいし、この隙にリカルド様を訪ねてみよう。
そう思っていたのだが、なんと向こうの方からヴァレリー伯爵家を訪ねてきたのだった。