「わたくし、ドルン辺境伯に嫁ぐことになったんですのよ」
「まあ……ドルン辺境伯へ?」
「さすがリリア様ですわ!」


 貴族のご令嬢たちが黄色い声でお喋りに花を咲かせる社交の場。そう、それは、


 ――お茶会。


 美しくバラが咲き誇るスタフォード公爵家のお庭でテーブルを囲んでいるのは、ドルン辺境伯に嫁ぐことになったというリリア・スタフォード公爵令嬢、その他、どこぞの侯爵だの伯爵だのの御令嬢たち。

 こんな豪華でキラキラした令嬢たちのお茶会に私なんかが混ざっちゃって、ちょっと申し訳ない気分だわね。


「辺境伯?! 辺境伯ってことは、どこか辺境に飛ばされちゃうってことですか?」


 空気を読まずに発言したのは、つい先日異世界から転移してきた聖女エミリーちゃんだ。

 彼女は日本という国から突然召喚された聖女。でも聖女とは名ばかりで、何の特技もない普通の子なのだ。自分では、人を笑わせることが得意だというけれど、どうやらピンでは笑わせられないらしい。必ず相方(あいかた)っていう人が必要なんだって。


「あら嫌だ、聖女様は辺境伯をご存知ないのかしら……?」
「とっても誉れ高い地位でいらっしゃるのに、『飛ばされる』だなんて」


 まずい、どこぞの伯爵令嬢たちがやいのやいの騒ぎ始めちゃったよ。エミリーちゃん、無知にもほどがある! 辺境伯っていうのはね、地方長官として大きな権限を持つ高位貴族なんだよ。『辺境』っていう言葉の響きに惑わされたらダメなんだから。

 でもまあ、エミリーちゃんがアホなこと言っちゃう気持ちも分かる。

 大体さ、『辺境伯』じゃなくてもっと他のネーミングってできなかったのかね?


 貴族って、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵って感じだよね。私はこのネーミングに対しても、いくつか疑問があるよ。

 まず、公爵と侯爵。

 ちょっと考えたら分かるじゃん。耳で聞いただけじゃどっちか分からんって。


「こちら、〇〇公爵です」

とか紹介されたって、公爵なのか侯爵なのか分かんないよ。


 まあ、今更ネーミング変えろっていうのも無理だと思うからさ、せめて読み方は変えて行こう?

公爵→こうしゃく
侯爵→そうろうしゃく

 これでどう?


 ……え? 呼びづらい?
 それに、侯爵の『侯』の字と、『(そうろう)』は字が違うって?

 ほんとだ。一本線が足りないね。


 じゃあこれは?

公爵→ハムしゃく
侯爵→こうしゃく

 でもさ、一応目上の人を尊重しといた方が良くない? 下位貴族の方が変な名前を名乗るべきだよ。公爵様のこと、面と向かってハムとか言えないよね。



 それとさっきの辺境伯の話ね。

 みんな辺境伯辺境伯って普通に言ってるけど、『(しゃく)』どこ行った? なんで辺境伯だけ『伯』で止めるの?


 どうせなら『爵』は揃えておいた方がいいと思うし、やっぱり『辺境』っていう響きが良くない。『爵』と相性のいいネーミングって他にもあると思うんだけどなあ。


癇爵(かんしゃく)

 なんか強そうじゃん?


縮爵(しゅくしゃく)

 めっちゃ領地狭そう。


晩爵(ばんしゃく)

 とりあえず楽しそうだよね。


余裕綽爵(よゆうしゃくしゃく)

 画数多すぎ。



 もしくは、もう少しドリーミーな字を使ってみるのもいいと思う。

夢爵(むしゃく)
希爵(きしゃく)
麗爵(れいしゃく)


 自分で言うのも何だけど、麗爵(れいしゃく)めっちゃ良くない?


麗爵(れいしゃく)様と結婚しましたが、仮面の下は(ピー)でした!』

 みたいなラノベ、ありそうじゃない?


 あ、お茶会がお開きになっちゃうみたいだよ。変な妄想ばっかりしてないで、ちゃんとリリア様にお祝いを言わないとね。さあ、聖女エミリーちゃんも一緒にお祝いを言いに行こう!

 私はエミリーちゃんの手を引っ張って、リリア様のところに連れて行った。


「リリア様! ご婚約おめでとうございます!」
「ありがとう、タチアナ様。タチアナ様にも良いご縁がありますように」

 リリア様、エミリーちゃんの失言にも機嫌を損ねずにこうして丁寧に応対してくれるところ、さすがです!

 さあ、エミリーちゃんもちゃんとご挨拶して!


「リリア様、辺境伯様のことをよく知らなくてごめんなさい」
「聖女様、いいんですのよ。聖女様は異世界からいらっしゃったんですもの。この世界のことはまだまだご存知なくて当然ですわ」
「ありがとうございます! 聖女って国内のあちこちを祈って回らないといけないみたいなんで、リリア様の行く辺境にもそのうち営業に行きますね!」


 エミリーちゃん! 『営業』って言っちゃってる! 地方のお笑いイベントじゃないんだから!


「まあ、聖女様。とても楽しみですわ。その時がきたら、どうぞよろしくお願いいたします」
「うん、任せて! こちらこそよろしゃく!」




 ……あ、『よろしく』ならぬ、『よろ(しゃく)』ですか。

 おあとがよろしいようで。