ああ、これね。

 ……察したわよ。

 物語の中にはあまり描かれないけど、有名なアレだよね。「真実の愛を見つけた」っていう場面に居合わせちゃったよ。


 私の左には、このまえ異世界から飛んで来た弱気な聖女様。そして右には、我がカカーリン伯爵家の嫡男イアン・カカーリン。私の兄ね。

 お兄様には幼い頃からの婚約者がいらっしゃるにも関わらず、ほら。

 完全に聖女様と見つめ合って、恋に落ちちゃってるじゃん。


 このピン芸人……もとい、聖女様。
 この世界に飛んでくる前の異世界では、お笑い芸人っていう仕事してたらしい。芸名は、片原(かたはら)エミリーって言うんだって。もう一人、板井(いたい)スージーっていう人と『カタハライタイ』っていうコンビ組んでたんだって。

 ……こっちだよね、片腹痛いの。


「お兄様」
「なんだ、タチアナ」
「お兄様には婚約者がいらっしゃるでしょ? 片原さんと手を握りあうのやめてくれます?」
「片原さんとはなんだ。彼女にはエミリーという美しい名前があるのだ」

 お兄様、完全に目がヤバイよ。もうエミリーちゃんしか瞳に映ってない。なんで? エミリーちゃんのどういうところが良かった? しかもエミリーちゃんって芸名だからね。

「お兄様、真実の愛ってなんですか?」
「……お前は真実の愛を知らないからそんなことを言うのだ。真実の愛は、口では説明できない崇高なものなのだ」

 口では説明できないって……語彙力大丈夫?

「あの、ユリア様になんて説明するんですか? 真実の愛を見つけたから婚約破棄したいって言うの? ユリア様だって聞いて来ると思いますよ、『真実の愛ってなんですか?』って」

「そっ……それは……」

「悪役令嬢ユリア様が異世界から来た聖女様をイジメてた……とかなら、まだ納得できる。でも、エミリーちゃんってさっき来たばっかりで、ユリア様と一回も会ったことないよ? 婚約破棄なんて言い出せないよ。片腹痛くて」

 お兄様に毒舌を吐く私と、何も言い返せないお兄様。

 そして、それを横から心配そうに見つめるエミリーちゃん。

 そうだよね。さっきこの世界に飛んで来たばかりのエミリーちゃんは、『ピンは無理なんです!』って叫んでたもんね。相方が欲しいんだよね。
 お兄様に求められてフラッと来ちゃったかもしれないけど、多分お兄様と結ばれても地獄だよ。ボケとボケの組み合わせだからさ。収拾つかなくなるよ。


「イアン様、婚約者のユリア様がいらっしゃいましたがお通ししてよろしいですか?」

「何っ?! ユリアが!?」

 ほらほら、お兄様がアホなこと言ってる間にユリア様来ちゃったじゃん。どうする? 真実の愛をちゃんと説明もできないのに、今言っちゃうの? 婚約破棄。私は助けないよ?



 ユリア様が部屋に入ってきた。まずいよ、修羅場だよ。


「イアン様、何だか嫌な予感がしてきてしまったんですけど……って、アナタは?!」

 ヤバイ、いきなりエミリーちゃん見つかっちゃったよ! どう言い逃れするの? ユリア様、ものすごい形相でエミリーちゃんのこと見つめてるじゃん。



「……板井(いたい)?!」


 ……えっ?
 エミリーちゃん、この人『板井』じゃないよ。お兄様の婚約者のユリア様だよ!



「片原?!」

 ユリア様まで……エミリーちゃんのこと知ってるの?

 ユリア様はお兄様を横に突き飛ばしてエミリーちゃんのもとに駆け寄った。お兄様は嘘でしょ? っていうくらいの勢いで床に転がる。

「片原! どうしてここに? もしかして……異世界転移しちゃった?」
「うん、そうみたいなの! 気付いたらこの世界に召喚されてて……聖女って言われてるよ。板井は?」
「私はね、どうやら貴族の令嬢に転生しちゃったみたい。最近思い出したんだよね、前世の記憶」


 あらら、真実の愛はお兄様じゃなくて、ユリア様とエミリーちゃんの間に存在したみたいね。時空を超えて再会したコンビ、『カタハライタイ』。

 これからどんな掛け合いを見せてくれるのか、楽しみだわ。

 ……ほらお兄様!
『今日はこの辺にしといたろ』って言って部屋から出て行くところだよ! 遅い遅い!