「私は君と結婚したが、君を愛するつもりはない」


 ……ああ。

 またとんでもない場面に居合わせちゃった。


 別に仲良くもない友人の結婚式に呼ばれてノコノコ出席しちゃったけど。
 披露パーティーの真っ最中、たまたま飲み物を片手にテラスに出た私の目の前には、新郎新婦のお二人。

 その二人が今、まさに私の目の前で。

「君を愛するつもりはない」宣言、やらかしちゃってるわ。

 マズイマズイ。シラフでは聞けないし、もう始めちゃおう。
 駆けつけ一杯ってやつよね。


 確かあの方は王立騎士団の中の、どっかの団の副団長あたりだったわよね。ごめん、何の情報も出てこなかったね。

 お相手のご令嬢はヴィオラ様ね。私を結婚式にご招待してくれた方だから、もちろん知り合い。確か貴族学園の生徒会にヴィオラ様が立候補した時に、清き一票を入れたくらいのレベルの間柄。

 テラスには、このお二人と私だけ。

 どうする?
 テラスから去るのは簡単よ。

 でも私、結構興味あるの。


 結婚式当日とか初夜の晩に、

「君を愛するつもりはない」

って言われちゃう人、最近結構いるじゃん? ほら、契約結婚っていうの?

 あれってさ。

 どうやって回収すんの?

 その疑問のヒントを得るチャンス。ここはあえて、居座るっていうのどう? 攻めるね~、我ながら。

 実は、契約結婚を謳っておきながら死ぬまで契約延長してる人って見たことないのよね。いつも結局途中でうやむやになって愛し始めちゃうじゃん。初志貫徹できる子、いないよ。

 そもそもあの契約って何? 一年自動更新とかなの? それとも、終身契約なの?
 契約書締結してるケースって、多分レアよね。あれ、ちゃんとやっとかないと後で揉める原因になると思う。


「あの、ヘンリー様。愛するつもりがないとはどういうことでしょうか」

 ああ、ヴィオラ様最高! いい質問だわ! 拡大質問にしとくべき、そこは。

「言った通りだ。君のことを愛するつもりはない」

 おお、一方でヘンリー様よ。全然答えになってまへんがな。国語の読解問題苦手なタイプでしょ?

「……わかりました」

 いや、分かったんかーい!!


「ちょっと待ったあぁっ!!」

 パーティー会場からもれる灯りを背中に浴びて、逆光の中登場ですよ。失礼します。

「まず、ヘンリー様。愛するつもりがない理由について、説明が一つもありませんね」

「そっ……それは」

「それにヴィオラ様。契約というのは、甲と乙が対等な条件で結ぶべきですよ。危ない危ない、口頭でも契約は成立しちゃいますからね」

「は、はい……」

 突然出てきた私に、声も出ないと言った感じでしょうか? うん、気持ち分かる。私も酔ってなきゃこんなことできないよ。

「で、愛するつもりがない理由は? 他に好きな人がいるの? それとも国王陛下とかから言われたスパイ婚? はたまた、ヘンリー様の過去に何かトラウマが?」

「いや、別にそういうわけでは……」

 ん? なになに? 新しいパターン? 知りたい知りたい!

 私の目がよっぽどキラキラしてたんでしょうね。ヘンリー様怯えちゃいました。逆光の暗闇の中、目だけ光ってたら怖いよね。

「じゃあとりあえず、ヴィオラ様を愛するつもりがない理由を、明確に。ヴィオラ様にいきなりバレるのが嫌なら、私に小声で教えてくださいよ」

「分かった」


 いや、分かったんかーい!!

 アンタたち、意外とお似合いだと思うよ。物分かり良すぎカップル?

 ヘンリー様は私の耳に手を当て、こしょこしょ話で教えてくれました。

「うんうん、ヴィオラ様を愛さない理由は……ふむふむ、なるほど。えっ、それって……はあ。うん……って、えええぇぇっ!!?」


 マジか。そんな理由で。

 分かったよ。私の心の中だけで留めておくね。


「うん、じゃあお二人とも。邪魔してごめんなさい。ごきげんよう!」


 次の日、二日酔いと共に目が覚めた私は、あのヘンリー様が言ってた「ヴィオラ様を愛さない理由」を、すっかり忘れてしまっていました。