「他に好きな人ができたの」



一瞬、なにを言われているのか理解ができなかった。

頭が真っ白になって、俺は言葉を失う。
静まり返った部屋。

さっきまで佳奈と言い争っていたなんて、想像ができないくらいだ。

聞えるのは、置時計のカチッコチッと機械的な音だけだった。



「だから、私とは別れて」



テーブルを挟んで、向かい合う俺と佳奈。

睨んでいるかのような、きつい目をした佳奈。


佳奈が俺と別れたいなんて嘘だと信じたい。

嘘だと信じたいけど、目の前にいる佳奈を見てしまったら、佳奈は本気で別れを告げているとしか思えなかった。


心が痛い。

普段泣くことがない俺でも、さすがに泣きたくなる。


そんな俺に横をすり抜けていく佳奈。

隣の部屋でなにかをしている佳奈に『もう一度話し合おう』って言えない自分が悔しい。


立ち尽くすことしかできない俺だけど、なにか嫌な予感がした。

急いで玄関へ向かえば、ショルダーバッグを肩にかけ、靴を履いている佳奈の姿が目に飛び込んでくる。


本当に俺と別れるってことか?

約9か月、一緒に暮らしていたこの部屋を出ていくってことなのか?