わたしはずっとずっとずっと、大好きだった。小さな頃から、斗悟さんに恋していた。十個も上だからとか、彼はわたしをイモウトとしか見てない、とか、そんなことどうでも良かった。大人になったら、もっと綺麗になって、ちゃんと女のひととして見てもらうんだ。
そして、お嫁さんになるんだ。

そう思っていたけれど、お兄ちゃんが行ってしまって、彼が一緒に住む、と提案した時、わたしと斗悟さんの間は擬似兄妹のようになってしまったのだ。

今までよりすごく近い。だって一緒に住んでるんだもの。でも、遠い。彼は「お兄さん」になろうとしてるから。


わたしは大理石でできた綺麗なキッチンでお米を洗っている、ジャケットを脱いだ斗悟さんのスーツの後ろ姿を見つめた。まくり上げたシャツの袖からは、引き締まった腕がのぞいている。

「二日酔いの朝は、食欲なくてもちゃんと食えよ。俺は朝早いから一緒には無理だからな。わかったか」

敏腕若社長がこんなふうにお米を研いで明日のご飯の心配をしているなんて、みんな思わないだろう。会社での彼はどこまでクールで、スマートなのだから。この前なんて、雑誌にまで取り上げられていた。

「……ちょっとだけ、口が悪いってこと、知ってるのはわたしとお兄ちゃんだけなんだから……」

酔いの回った頭で、わたしは誰にいうともなしに呟いてしまった。

「誰が口が悪いって?」
彼がすたすたとこちらにやってくる。タオルで手を拭いて、その指でわたしのおでこをぴっと弾いた。

「や、やめてよ。何にも言ってないもん」
「嘘だ。なんか悪口きこえたぞ。そんなこと言ってないではやくそれ、脱いで着替えろ」

そう言って口の端をあげる。わたしの大好きな笑い方。

途端に恥ずかしくなって、わたしはワタワタと背中のファスナーに手をやった。でも、なかなか届かない。手は空しく空を舞うだけだ。

「……ほんっと。オマエは。じっとしてろ」

彼は大きくため息をついてから、手早くファスナーをおろし始めた。

「く、くすぐったい…!やめてよ斗悟さんー!」

背中にあたる指がくすぐったい。わたしはくすくすわらって身をよじる。

「ほんとおまえ、タチ悪すぎだ……。兄貴にあとできっちりと料金請求するからな」
「ふふ…」

親友に絶対そんなことしないのに、眉を吊り上げている彼がなんだか可愛らしい。わたしはだんだんと眠たくなってきた。