キトエの声が続かなかった。顔を上げると、キトエは悲痛な顔をしてリコを見つめていた。分かっている。この命令はキトエの意思を完全に無視している。

「わたしを汚したことが分かったらキトエも殺されるから、命が惜しいの?」

「違う!」

 体に響くくらい、キトエの声は強かった。

「俺の命はリコのものだ。どうなったっていい。けどリコを汚して、そのあとも汚名を着せることは……できない」

 汚されれば、リコの死後、汚点が残る。だからできないとキトエは言っているのだ。死んでしまえば同じだというのに。

「死後の評判なんてどうでもいい。生きてたってどうでもいいのに」

 キトエは痛みをもって、視線を下げた。

「キトエ。命令です。わたしの純潔を奪いなさい」

 出会ったとき以来、初めて主の距離で命令した。何て酷い命令だろう。キトエの下げられた瞳か、リコがキトエを見つめる瞳か、どちらが痛みをもっているのか、もう分からない。

 キトエは動かすのもつらいはずの体で、座った体勢から片ひざを立てて、(こうべ)を垂れた。

「できません」

 分かっていた。

「キトエ。あなたは最高で最低の騎士だわ」