「どうせ来たって来なくったって同じでしょ。なら来る意味なんてないじゃん」

だけどピシャリとリビングに彩乃の冷たい声が響いてお父さんも私も思わず笑みを浮かべた顔のまま、眉だけを下げる。


「どうせ何も覚えてないんたからわざわざ来なくていいよ」

「彩乃、」

「⋯来なくたっていい」


そう言ってお母さんが用意した朝食を食べ始めた彩乃はそれ以上何も言葉を発する事なく、それからすぐに家を出た。

その後お父さんも出勤して、家に居るのは私とお母さん二人だけ。

キッチンで調理していたとはいえ、リビングダイニングとキッチンの間に隔たりはなく、さっきの会話もお母さんには聞こえていただろう。


「⋯お母さん、」

「なぁに?」


トーストと一緒に用意した牛乳をひと口飲んだ後、ニュース番組を見ていたお母さんに声を掛ける。


「彩乃のコンクールっていつ頃なの?」

「八月十日よ」

「⋯そうなんだ」

「佳乃も連れて行くからちゃんと予定空けておいてね」


彩乃が来て欲しくないならその日は予定を作ろうと思った。予定があるフリをしようと。

だけど私の考えている事なんてお母さんなはお見通しだった。


「行きたいんでしょ?」

「っ」

「なら行こうよ、佳乃」

「でも⋯、彩乃のは来て欲しくないって⋯」

「彩乃だって本当は来て欲しいの、分からない?」


穏やかに笑ったお母さんに戸惑う。
分からない?と言われても、彩乃が本当は来て欲しいなんて思っているはずがない。
何も言う事が出来ない私にお母さんは諭す様に言葉を続けた。


「彩乃は吹奏楽を一生懸命頑張ってるよ。それは彩乃自身が音楽が好きで楽しいから」

「うん」

「でも、彩乃が部活に真剣に打ち込んで頑張っている理由はそれだけじゃないと私は思うの」

「それだけじゃないって⋯?」

「彩乃が吹奏楽を始めたのは中学に上がってから。それまで楽譜すら読めなかったあの子が部長になってソロパートまで貰える程に努力出来た理由の一つには貴方の存在があるからなの」

「私の⋯?」


そんなはずない。お母さん何を言ってるの?って思った。
だって今朝の会話からも彩乃はきっと私の事を良く思っていないのだと分かるし、妹の存在すら忘れてしまう姉を好きだと言ってくれる程人の心はお人好しではないし強くもない。彩乃が私を嫌う理由はちゃんとあって、それは私自身も納得してしまう程に致命的だ。

誰だってこんな姉、いらないと思うに決まっている。迷惑でしかないとすら思う。

それでもお母さんは「佳乃の為でもあるのよ」と彩乃が部活を頑張れる理由の一つが私だと言うのか。