泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


拓海は私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていて、私はその優しさに甘え続けた。

やっと涙が止まって拓海から離れる時、「またね」と手を振る時、どうしようもない名残惜しさに胸が痛んで、このまま時が止まればいいのにと願わずにはいられなかった。


家に帰ってからは泣いた事がお母さん達にバレてしまうのも気まずくてすぐにお風呂に入って涙の後を誤魔化す。

ちゃぷん、とバスタブに身体を沈めながら目を閉じればすぐに拓海に抱きしめられた時の温もりが蘇ってきて心臓が落ち着かなかった。

お母さんに抱きしめられた時はただ安心するだけだったのに拓海の時は落ち着くのに落ち着かないという不思議な感覚で。


お湯の中で身体を縮こませて自分自身を抱きしめる。

忘れたくない温もりを何度も何度も思い出しては浮かんでくる涙を我慢した。



日曜日の夜、日記帳に一言だけ書き足す事にした。

思い出を言葉にして書き綴る勇気はない代わりに、スマートフォンの写真フォルダを見て欲しいと未来の自分に伝える。

それを見れば、私は拓海が友達だって分かるから。楽しい時間があった事を証明してくれるから。忘れてしまう私から未来の私へ、繋げてくれるから。


眠る前、フォルダを開いて昨日撮った写真を見返してみる。

写真の中の私は笑っていて、とても楽しそうだ。

忘れたくない。忘れたくない。忘れたくない。

スライドしていくとツーショトの写真があって無意識に画面に触れていた。

明日の私はこの写真たちを見てどう思うのだろう。本当に忘れてしまうのだろうか。こんなにも楽しかった一日を忘れてしまうのだろうか。

悲しくて悔しくて遣る瀬無い。

次の日、起きた私の頬には涙の後が残っていた。