泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


バスを降りて防波堤の方へと向かう。

水平線の向こうは鉛丹色に染まっていて、その中心にある沈みかけている太陽の道が海に映し出されている。


「本当にあっという間だったなぁ」

「今日、楽しかった?」

「もちろん!凄く、すっごく楽しかったよ」


アスファルトと上をゆっくりと歩くのはまだ拓海とさよならをしたくないから。

だからわざとゆっくり歩く私に拓海は何も言わずにペースを合わせてくれた。


「⋯⋯ねぇ、拓海」


それでも歩みを進めていれば分かれ道はやって来てしまうもので、海に沿ったこの道に幾つかある脇道に入ればその先に私の家はある。きっと拓海はこのまま道を曲がらずに進むだろうから、私は曲がり道に差し掛かる直前、足を止めた。


「明日は私が今週の事を覚えていられる最後の日なの」

「⋯うん」

「月曜日にはまた、私の記憶はなくなっちゃうんだ」


アイスの当たりが出た事も防波堤で交した会話も今日の事も、忘れてしまう。

だけど⋯、だからこそ私はこのまま拓海とバイバイをしたくなかった。

また来週も拓海と過ごしたいって心から願った。


「来週の約束を、今日してもいい?」

「⋯え?」

「また来週も防波堤で会おう」

「⋯」

「会いたいの。拓海と今日で終わりじゃなくてこれからも会いたい」


自分勝手だって分かってる。

私は忘れてしまう側なのにこんな事を言うのはあまりにも身勝手過ぎると自分でも思うけど、どうしてもまだ拓海と話したい事がたくさんある。

まだまだ一緒に過ごしたい。ただ隣にいるだけでもいいから、傍にいて欲しい。


懇願する様に拓海を見上げる私は彼の瞳にどう映っているのだろう。