泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「ここも暑いし、そろそろ行こうか」

目を逸らした私に気付いているのかは分からないけど、そう言った拓海に頷いて私も歩き出す。

拓海は今日の私をどう思ってるんだろう。

私が私服姿を見るのが初めてな様に拓海も制服姿ではない私を見るのは初めてなはずで。

変じゃないかな。ちゃんと可愛く映っているだろうか⋯。そんな事を思ってハッとした。

可愛い、なんてどうして拓海にそんな事を期待しているの、私。べつに可愛いかどうかなんてどうでもいいじゃん。うん。どうでもいい。だけどやっぱり女の子だから可愛いと思われたい気持ちは何も特別な事ではないと期待してしまっている自分を誤魔化す様に結論付けて、半歩前を歩く拓海のTシャツの裾を引っ張った。


「⋯佳乃?」

足を止めた拓海が不思議そうな顔をして振り向いた途端、訳の分からないドキドキが襲ってきた。


「⋯⋯どう?」

「うん?」

「私の今日の服、どうかな⋯。変じゃない⋯?」


恐る恐る拓海の顔を見上げながら、こんなの可愛いのカツアゲじゃんって思った。

でももう口に出してしまった言葉は取り消せない。

面食らっていた拓海の表情が、ゆっくりと柔らかくなっていくのを私はただ見つめていた。


「可愛いよ」

「っ」

「可愛い」

「っあの、」

「初めて制服じゃない所見たからドキッとしたけど、悟られたくなくて余裕ぶってた」

「⋯拓海、」


精々、「いいんじゃない?」くらいだと思っていた。
だからカツアゲしてしまったと思いつつも、まさか本当に可愛いという言葉を聞けるなんて思っていなくてビックリした。

しかもドキッとした。なんて。

僅かに頬を染めた拓海の言葉は適当に言っているとは思えなくてつい、私の頬も赤くなる。

拓海も私と同じ様にドキッとしてくれていたのだと思うと嬉しくて、それと同じくらい照れてしまう。それは彼も同じだったのだろう。


「⋯行こう」

そう言って拓海は再び足を動かした。