泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


その後、支度をして準備万端になったた私は最後に何度も何度も鏡を確認してから玄関へと向かった。


「お母さん、私変な所ない?」

「ないわよ?」

「本当に?どこも変じゃない?」


見送ってくれるらしいお母さんに靴を履いた後も何度もそう確認する私にお母さんは呆れ顔だ。


「変じゃないって、可愛いよ」

「本当っ?」

「本当の本当。て、そんなに何度も確認するなんて本当にデート前みたいじゃない」

「っえっ?」

「案外冗談も冗談じゃなかったりして」

「何言ってるの、お母さん!」


口角を上げながら訝しむお母さんに明後日の方向を見る私。

そんな私に「怪しいなあ~」と笑うお母さんはチラリと玄関の靴箱の上の棚に置かれた小さな置時計を見て「そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ」としっかり者の一面を見せる。


「っお母さんが変な事言うからでしょ!いってきます!」


予定内の時間ではあったけれど悪戯心のお母さんから早く逃れたくて背を向けた私にお母さんが「佳乃!」と声をかけた。


「佳乃、人を好きになってもいいんだからね」

「⋯っ」

「佳乃にとってそれは難しい事かもしれないけど、誰かを愛したらいけないって事はないのよ」

「⋯お母さん、」

「じゃあ、いってらっしゃい」


お母さんの言葉に足を止め、言葉を紡ごうとした私の声を遮る様に手を振って私に背を向けたお母さんは立ち止まる事なくリビングへと姿を消した。


「⋯⋯なんなの」


今日のお母さんはやたらと恋だの好きだのに拘る。それが気恥ずかしくて流していたけれどさっきのお母さんの表情はとても真剣で。

案じる様な、そんな表情をしていた。


ザワザワとする心。

ムズムズして落ち着かない。

出掛ける直前に爆弾を落としたお母さんは物凄くタチが悪いと思いながらも約束の時間に遅れるわけにはいかないと急いで家を出た。