泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】

私がこんな事になってしまってきっと一番長い時間苦しんできたのは家族だから。
その中でもお母さんはきっと自分を責めて、悩んでいたと思う。

私と過ごす時間が長い分、誰よりも悩み苦しんでいたんだと思う。

だからそんなお母さんにちゃんと伝えなければいけない気がした。

私は今楽しいよって。

ちゃんと笑う事が出来ているよって。


「思い出がなくなっちゃう事は悔しいし怖いけど、楽しいって思える心は残ってる」

「⋯佳乃」

「楽しいよ」


辛い事も悲しい事も、今だって泣きたくなる時はあるけど、それでも楽しい時間だって皆無なわけではないから。

お母さんにだけはそれを知っていて欲しい。

私は人と違うかもしれない。普通じゃないかもしれない。周りに嫌な思いも悲しい思いもさせてしまうかもしれない。

だけど私の全てが不幸で出来ているわけではないと、そう伝えなければいけないと思った。

そう思ったのはきっと、拓海がいるからで。

拓海と出会わなければこんなにも楽しい毎日を送る事は出来ていなかったと思うし、心からお母さんに「安心して」と言う事も出来なかったと思う。

不幸ばかりじゃないと思えたのは間違いなく拓海のおかげだ。


「⋯⋯佳乃」


コンロのスイッチを押して火を一旦止めたお母さんは泣きそうに笑いながら私の背中へと手を回す。

優しくて温かいその温もりは紛れもなく、母の愛だった。


「嬉しいよ、佳乃」

「⋯お母さん、」

「佳乃が笑ってると私は凄く嬉しいの」

「⋯うんっ、」

「ありがとうね、佳乃」


抱きしめながらそう涙声で言ってくれたお母さんの背中に私も手を伸ばした。

覚えてはいないけれど、もしかしたらお母さんは今まで私に何度も「ごめんね」と言ってきたのではないかと思った。

自分を責めて、私に申し訳ないと思っていたのかもしれない。

それはあくまで私の想像にしか過ぎないけれど何となく、確信があった。

だから「ありがとう」と言われて思わず泣きそうになってしまった。

今の私の思いを伝えてよかったと心から思った。