泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「本当は拓海ってそのまま呼んでたよ」

「呼び捨てで?」

「うん。どうせ俺ら同い年だし」

「そうなんだ⋯」


今は名前を呼ぶ用はないから、心の中で「拓海」と呼んでみる。

当たり前かもしれないけど、たっくんよりも全然しっくりきた。


「佳乃、アイス溶けちゃうよ」

「あっ、本当だ」


何度も心の中で名前を呼んでは照れくさくなっている変な私の心中なんて知る由もない拓海が溶けかかっている私のアイスを見て言う。

さっきの様に慌ててガブリとアイスを咀嚼しながらチラリと彼の方を盗み見れば、彼の視線は海の方へと向けられていて。

太陽の輝きも海の煌めきも全てをその瞳に吸収してしまっているんじゃないかと思うほどキラキラしているその瞳はどうしようもない程綺麗だ。


「拓海は海、好き?」

「この街に来てから好きになったかな」

「この街?」

「最近引っ越してきた」

「そうなんだ」

「佳乃は?って聞くまでもないか」


一瞬だけ私へと向けられた視線。
私ももう彼から目を離して海の方を見つめていたから目が合う事はかったけど、優しい声色から彼はきっと微笑んでいるのだと思う。


「うん。海、好きなんだ。眺めてると凄く、落ち着くの」

「うん」

「海を眺めている間は余計な事なんて考えずに済む」


ずっとずっと遠くの方では船の姿が見える。

柔らかな風に髪を揺らしながらそう言った私に彼は何も言わなかった。