泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


月曜日の朝、日記帳を開く。

自分の症状についてと、新しく書き記した友達の存在。

私にも友達が出来たんだってどこか他人事の様に感じてしまうのは、その友達と過ごした記憶が一切ないからで。

どんな人なんだろう?と少し緊張してしまう。だけど友達を作る事から敬遠していた私が友達になったのだからきっと良い人なんだろう。と基準のない“良い人”という言葉で誤魔化して朝の時間を過ごし、学校へと向かう。


もしかして学校の友達なのかな?と思ったりもしたけれどどうやらそうでは無い様で。
学校での私は一人だった。

もっと詳しく友達について書いておいてよ、昨日までの私!と若干後悔しつつも、あまり日々の事を詳しく書きたくない気持ちもやっぱり分かってしまうから仕方ないと諦めた。


「岩崎さん、次の授業移動教室だよ」


ボーっと窓の外を見ていた私に掛けられた声。


「移動教室?」

「うん。家庭科、今日は実習だから。朝のHRで言ってたじゃん」

「あ⋯、そうだっけ」


友達の事で頭がいっぱいで朝のHRなんて殆ど聞き流してしまっていた。

先週の話ではないから私が忘れているわけではないと思ったのか声を掛けてくれたクラスメイトは不思議そうな表情をしていて。


「えっと、ごめん。単にボーっとしてたみたい。教えてくれてありがとう」

「そうだったんだね。⋯⋯岩崎さんの記憶って一週間で消えちゃうんだよね?」


私が忘れていたわけではないと分かったクラスメイトは少しだけ言いにくそうに、そう言った。


「⋯うん。そう。一週間で記憶はなくなっちゃう」

「そう、なんだ。⋯それって、不便じゃない?」

「⋯え?」

「っいや、変な意味じゃなくてね、なんて言うか、記憶がなくなるってどんな感じなんだろうって思って⋯。生活する上で快適って事はなだろうし⋯、不便な事も多いんじゃないかって思って」


かなり気を使いながら言葉を選んでくれている彼女だけど、イマイチ何を言いたいのか分からなくて小首を傾げる。


「何も覚えてないって、どんな感じなのかなって、気になって⋯」

「どんな、感じ⋯」

「うん。どんな感じ?」


だけどよく彼女の言葉を噛み砕いてみると、ただの好奇心である事が分かった。

記憶をなくしてしまう私が珍しく、記憶がなくなるという感覚がどんなものか知りたい。

そこには悪意なんてなく、誰だって珍しく自分では経験する事の出来ない事を誰かがしていたら感想を聞きたくなるのは当然だろう。

こういう事を聞かれるのだって別に初めててではないし、珍しい事でもない。


だけど何となく、ただ本当に何となくだけど心にモヤが掛かった。


「どんな感じも何も、ふわふわしてる、かな?」

「ふわふわ?」

「記憶がないから、常に色んな事が不安なの。簡単に言ってしまえば、透明の膜の中に一人だけ閉じ込められたみたいな⋯。その中でクラゲみたいにふわふわ浮いている感覚」

「ちょっとよく分からない⋯」

「うん。分からない方がいいよ」


これはモヤ掛かったから嫌味を言ったとかではなくて、純粋に分からない方がいいと思ったから言ったのだけど彼女は少しだけ期待外れだみたいに眉を潜めた後、「そうだね」と言って背を向けた。


「⋯そうだね、か」


分かってる。彼女に悪意はないと。

移動教室だという事も教えてくれたし、優しく親切な子だという事もよく分かっている。

だけど、だからこそ、寂しかった。

私ではなく、私の記憶力に興味がある様な気がして悲しかったんだ。