泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「分かってるから、一度は無理だって逃げたんだよ」

「逃げた?」

「アンタに俺次第だって言われて、記憶がなくなるなんて想像できないしそんなの無理に決まってるって逃げた。だけど諦められないんだって、アンタのこと」

「⋯っ」

「仕方ないじゃん。好きになっちゃったもんは。もうどうしようも出来ねぇよ」


そう言った彼はどこか諦めた様に見えた。
だけどきっとその様子を正確に言葉にするとしたら諦めたではなく受け入れたと表現する方が合っている気がしたのはさすがに私の願望だろうか。


「聞かせて、俺に」

「聞かせて⋯?」

「アンタの記憶の事。ちゃんと聞かせて欲しい。そしたら俺も今よりもっと、アンタを知れる」


ざわざわと心が痒くなった。

彼の言葉を信じて頷いてもいいのか凄く迷った。

友達も欲しかったし、恋だってしてみたかった。

叶わないと思っていた夢が今、目の前に現れている。

だけどその夢に、希望に手を伸ばしていいのか。


迷って、迷って、迷って、迷って。


「まずは、アンタの名前教えて?」

「⋯、」

「ちなみに俺は坂口拓海」

「坂口、拓海⋯?」


迷って、迷って、迷って、迷って。


手を伸ばしてしまったのは、彼の瞳の煌めきが眩しくて未来の事なんてよく見えなかったからかもしれない。

照りつける太陽の日差しの暑さに頭がやられてしまったのかもしれない。