泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


月曜日の朝、私はまた記憶を失って灰色がかった世界がスタートする。


「コンクール、私ソロパート貰えたんだ」

「凄いじゃない、頑張って練習してたもんね」

「これは絶対に有給を使って観に行かなきゃだな」


朝の食卓は明るい話題で盛り上がっていた。

それが私は凄く安心した。家族が笑っている。彩乃が楽しそうにしている。とても、とても安心する。
だけどニコニコとその話題を聞いていた私にお母さんが「佳乃も一緒に応援行こうね」と話を振った事でその空気はぶち壊された。


「いいよ、お姉ちゃんは」

「そういう事言わないの」

「だってどうせ忘れちゃうし。来ても来なくても同じじゃん」

「彩乃!」


私が話題に入った瞬間に彩乃の顔から笑顔は消えて私を視界に映す事もなくただ朝食のトーストを齧っている。


「彩乃、そういう事は言わないで」

「本当の事じゃん。っていうかこういう会話も何回目?」

「彩乃、」

「どうせ本人は来週には忘れてるんだから」

「いい加減にしなさい」

「いい加減にして欲しいのは私の方」


そう言って「ご馳走様でした」と食器をシンクへと運んだ彩乃はすぐに家を出て行ってしまった。バタンっと大きな音を立てて閉められた玄関のドアの音はリビングまでしっかりと響いてお母さんの深い溜め息をかきけ消した。


「それじゃあ俺も、そろそろ行ってきます」


気まずい空気漂うリビングで、朝のニュース番組の左上に表示されている時計をチラリと確認したお父さんが鞄を手に立ち上がる。


「佳乃、気にするな」


そして何とも中途半端な励ましの言葉を掛けた後、「いってきます」と会社へと向かった。