泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



家に帰った私は夕食のオムライスを半分ほどしか食べられずに残した。

明らかに元気のない私をお母さんは心配していたけれど「大丈夫」と一言だけ告げて自分の部屋に篭った。

バタンと閉めたドアの張り紙は目障りで。

今すぐ破いて剥がしたい衝動に駆られるけれどそんな事をしてしまえば私はまた、彩乃の心に傷を作ってしまう事になる。

この張り紙がないと私は彩乃の事を忘れてしまう。─────なんて酷い姉なんだろう。


「⋯っなんでこんなっ、」


どうして私は記憶を失ってしまうのだろう。

どうしてそれが私でなければいけなかったんだろう。

本当はこんな物がなくても彩乃の名前を呼びたいし、頭の中をたくさんの思い出で彩りたい。お母さんの手料理の味を忘れたくはないし、周りの子たちの様に友達をいっぱい作りたい。

⋯⋯恋だって、したい。


「坂口拓海くん⋯」

まだ覚えている彼の名前を口にすると、何だか泣きたくなった。もう二度とこの名を口にする事はないのだと思うと泣きたくなった。

彼のことは何も知らないし、これから知る事もない。彼のことだけを覚えていられるわけでもない。

それなのに、好きだって言われて嬉しかったなぁとか、びっくりしたけどちょっとだけドキドキもしたなぁとか。友達になってみたかったなって思った。