「基本的に習慣や症状悪化以前の事以外は忘れてしまうんだけど、特に人の名前やエピソード⋯、出来事や思い出を忘れてしまうの。これが一番酷い症状なの」
「名前も思い出も全然記憶にないの?」
「ない。その週は覚えてられるけど、月曜日の朝には全部忘れてる」
「⋯、」
「勉強だってよく出来ないし、私、妹の名前も忘れちゃうんだよ?」
「っ」
「妹の存在すらも忘れちゃう」
「妹⋯」
「私は先週君と交わした会話を覚えていないし、あなたにも一切見覚えはない。今日の事だって来週には忘れてしまう。坂口拓海って名前も、忘れちゃう」
「⋯っ」
「それでも私が好き?私と友達になりたいと思う?」
どうか傷付け合う前に離れて行って欲しい。
だけどどうか、もう誰も離れて行かないで欲しい。
全て忘れてしまう私を誰か一人だけでも受け入れて欲しいよ。
「─────無理だって思ったらもう帰って」
「⋯⋯っ」
「大丈夫。それが普通だし、当たり前だから。私も慣れてる」
「⋯⋯」
「きっと耐えられないでしょ?一週間で記憶がなくなるなんて。一週間ごとの記憶しかないなんて受け入れられないよ」
「⋯⋯」
「イライラするかもしれないし、傷付くかもしれない。そんな思いさせるのは嫌だから⋯だから、帰ってよ」
「⋯⋯」
「帰って」
決定権は彼にあったはずなのに、私はいつの間にか彼の肩を押していた。
これ以上、彼の困惑した表情は見たくなかったんだ。
柔らかく笑っていた顔は悲惨なほど歪められていて、それが同情心なのか後悔なのかなんて私には想像出来なかった。



