週末の夜、私はあえて日記帳に彼と会う事を書かなかった。
日記帳に書いて彼と会うんだと分かった上で防波堤で彼を待つよりも、ありのまま、全て忘れた状態で会った方がいいと思ったから。
きっとその方が彼は私が本当に全て忘れてしまっているのだと信じる事が出来るだろうし、私に言った言葉を私自身が忘れていると思えば、罪悪感だって薄まるだろう。
友達になりたいと言っておいて私の記憶力の事を知った途端離れていかれるのなんて慣れっこだけど、少なからずそういう行動に罪悪感を持つ人はいるから。
こんな人間、どう接したらいいのか分からないし私と近くにいたら傷付くこともあるかもしれない。だから離れていくのなんて何の罪でもないのに、罪悪感なんて感じる必要なんてないのに、優しい人は後ろめたさを感じてしまうから。
だからそれが薄れるように、私はあえて何も書かない。
勇気を出して声を掛けてくれた事も、好きだと言ってくれた事も。綺麗だと、友達になって欲しいと言われた事も忘れてしまったから大丈夫。⋯⋯本当は少しだけ寂しいけれど。
それでもそうする事がお互いにとって一番なのだと思うから。
眠りにつく前、彼の事を思い出す。
綺麗な横顔に大きな瞳。
照れくさそうに微笑む顔。
ゆっくりと真っ直ぐな言葉を紡ぐ声。
木漏れ日の様な、雰囲気。
今はこうして思い出せるけれど、眠ってしまったらもう思い出せなくなる。
今日だけでもいいから、一日があと十二時間あったらいいのに。そうしたら私はまだ後半日だけ、彼と会った日の事を覚えていられるのに。
眠るのが怖い。
それは毎日の事だったけど、今夜はより一層、夢の中へ意識が沈んでいくのが怖く感じた。



