泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



「例え記憶がなくなってしまっても過ごした時間や交わした言葉がなくなるわけじゃない」

「⋯なくなるわけじゃない⋯?」

「俺たちが過ごした時間は永遠にそこにある」


海から私へ視線を移した拓海は「そうだと思わない?」と微笑むから、私はゆっくりと頷いた。

私の記憶がなくなっても拓海が覚えていてくれる。

例え拓海が忘れてしまっても、思い出が消えたわけじゃない。


「写真を見て“楽しそうだね”“幸せそうだね”って言い合うのも俺はいいなって思うよ」

「⋯うん」

「忘れても俺が覚えてるし、これからだって思い出は作られていくじゃん」

「⋯うんっ、」

「俺、佳乃に出会って一日一日を大切にしようと思えたんだ。いいじゃん、一日一日で。その日が幸せだったらいい」

「っ」

「もしかしたらたまには喧嘩したり思いがすれ違ったりするかもしれないけど、その度に気持ちを伝え合って仲直りしよう。怖さや苦しさに押し潰されそうな時は俺がいる。佳乃の傍にはいつだって俺がいるから」

「拓海⋯」

「佳乃といれば毎日幸せなんだろうなって思う」

「毎日、幸せ⋯?」

「だから、怖さも悲しさも二人で分け合って、そんで俺が佳乃が覚えておきたい事を覚えて、たとえ俺が忘れちゃった時には二人で写真を見て笑おうよ」

「⋯っ」

「今日を全力で二人で過ごしていこう」

「っ」

「その日を二人で笑っていようよ」


記憶を失ってしまう事が怖かった。

朝を迎えるのが怖かった。

きっとこの恐怖はこれから先も私にべったりとくっついてくるのだろう。

だけど、一人じゃないなら。

私には両親がいて思いやりのある妹がいる。

そしていつだって寄り添い愛してくれる拓海がいる。

怖さも悲しみも全部、一緒に抱えてくれる拓海がいる。


夜、膝を抱えて泣いていた。

朝、自分が存在していいのかさえ分からなかった。

見えない未来に怯えて、消えてしまいたいと願っていた。


だけど、見えない未来はいくら見ようとしたって見えない。

見ようとすればするほど不安になっていくだけ。

なら、どうせ見えない未来に怯えているよりも今この瞬間に目を向けてみるべきだ。