泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



星の光と月光がほのかに海面を照らす。

その光を反射してゆらゆらと揺れる海は幻想的で。

キラリと一つ星飛ぶ夜空はまるで私たちを優しく包み込んでくれているみたいだった。


ケーキを食べ終えてもまだ離れたくなくて、海を見ながら肩を寄せ合う私たち。

このまま溶けて拓海と一つになってしまいたいって非現実的な事を考えてしまうくらい、幸せだった。


「拓海」

「ん?」

「私ね、今でも記憶をなくしちゃうの怖い」

「⋯」

「大切な人と出会って、色んな思い出を共有して、本音を言うと前より今の方がずっと怖い」


海を眺めながら話す私に拓海も同じ様に前を向きながら耳を傾けてくれる。


「何で私なんだろうって。何で私の脳はこんなに大切な幸せな瞬間を忘れてしまうんだろうって、怖くて悲しくて寂しくて⋯」

「⋯佳乃」

「眠るのが怖い。朝起きるのも怖い。皆を傷付ける事も怖いっ」


毎日怖い事だらけで、今だって記憶がなくなって拓海に会う瞬間、緊張する。

楽しかったら楽しかった分だけ、幸せな分だけ、失われてしまう事が頭を掠めて恐ろしくなる。抗いたいのに抗う術すら分からなくてただただ恐ろしい中眠りにつく事しか出来ない。


「きっと、これからも拓海のこと傷付けると思う。悲しい思いもさせてしまうだろうし、忘れられてしまう苦しさを拓海に味わって欲しくないと思う」

「⋯佳乃」

「両親や彩乃は家族だから私と離れる事をしないし出来ないけど拓海は違う」

「⋯」

「拓海は耐えられなかったら、嫌だったら私から離れてもいいんだよ」


大好きだから、選択肢をあげないといけないと思った。

離れないで欲しいと思い続けたけれど、きっと忘れられしまう方は忘れてしまう方よりもずっと苦しいと思うから。

だから、一度拓海が私から離れるチャンスをあげないと。


「毎朝スマホの写真を見ると幸せそうな私たちがいて、それを見る度に私は記憶はないけど幸せな気持ちになれる」

「⋯」

「だけど現実は覚えてないの。そんな私とこの先も一緒にいられる?」

「⋯」

「これからもよろしくって言われて凄く嬉しかったけど、私に囚われて欲しくない」

「⋯囚われる?」

「辛くなったら逃げていいんだよ、いつだって離れていい」


傷付けない為に、傷つかない様に、人との距離を保ってきた。

その壁をぶち壊して私にたくさんの楽しさを、幸せを、愛しさを教えてくれた拓海はまだ高校生で。

この先たくさんの人と出会っていく。

その時に自分が足枷になるのは嫌だった。